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ビコ・バーの思い出

みなさん、こんにちは。昨日の朝は、びっくりしました。起きて窓を開けると、外は白銀の世界、なんとこの時期の東京で雪がしんしんと降っていたのです。

私は、雪が大好きです。こんなこと書くと、雪かきで大変な北国の方にしかられるかもしれませんが、私は少年時代、青森、仙台、新潟などで長く暮らしたので降る雪を見つめていると、色々な思いが浮かんできます。雪がしんしんと降る夜に、こたつに座ってみかんを食べながら家族と団欒したこと、石油ストーブを机の後ろにおいて、ちゃんちゃんこを着て勉強したこと。私の中に「粘り強さ」という精神性が(少ないにせよ)あるとすれば、それは東北・信越地方で育ったおかげだといつも思っています。

ただ、東京の雪は、昨晩には消えてしまいましたが・・・。

ところで、今日の表題にある「ビコ・バー」ですが、これは私が5年3ヶ月にわたって留学した英国・ブラッドフォード大学の「学内パブ」のことです。英国生活では、パブはその不可欠な一部(ただ、最近の報道によると、今伝統的なパブはどんどんつぶれているようですが)。大学の中にももちろんあり、夕方から勉強に疲れた(?) が学生が三々五々と集まってきて(学割がきいているのか)安価なビールを飲みながら語り合うのです。日本の大学キャンパスで、バーやパブというのは、なかなかありませんから、最初は少々驚きました。

私も、よくクラスメートの英国人学生からビコ・バーに誘われました。行きましたが、そんなに頻繁には行きませんでした。理由は、主に3つあって、ひとつは「あまり酒がのめない」、2つめは、「貧乏留学生で金がない」、3つめは「夕方の4時とか5時に誘われることが多く、そんな早い時間から飲む気がしない」でした。とは いっても、行った時は、酔った勢いで、大学教授の評判や課題の小論文の進捗状況、また時事問題や日英社会の比較など、様々な話題について楽しく語らったものです。

日本人留学生は、語学の壁などがあって、課題として出されている小論文など、ネイティブの学生より遅れていることが多く、パブで酒を飲むと「こんなことしてていいのかな」と、罪悪感にかられることもよくあります。でも、今考えてみると、日本人は飲むことによって独特の完璧主義というか羞恥心(しゅうちしん)といったものが消えていき、あまり文法や発音のまずさを気にせずに話すことができるので、ああいう機会はコミュニケーション能力の向上と自信獲得には良かったかもしれません。

そんなある日、ビコ・バーでアルバイトしている店員の学生に、バーの名前の由来を聞きました。「このバーの名前は、南アフリカの反アパルトヘイト(人種差別)闘争の青年指導者からつけられたんだ」、彼は言いました。「ビコ?マンデラなら知っているけどな」と最初私は思いました。しかし、その帰り、私は突然電気に打たれたようにある映画を思い出しました。その映画は私が日本で以前見た中でもっとも衝撃を受けたものでした。タイトルは、『遠い夜明け』(原題:Cry Freedom)。

『遠い夜明け』の主人公が、スティーブ・ビコ、マンデラさんが既に獄中にあった1970年代中期に20代後半の若きリーダーとしてアパルトヘイトに苦しむ黒人たちに夢と希望を与えた人物でした。ブラッドフォード大学の学内パブの名前は彼に因んでつけられていたのです。

リチャード・アッテンボローという映画界の巨匠が監督したこの映画は、ほとんど全て実話に基づいていると言われており、そこにビコの思想と行動が克明に描かれています。ビコは、当初過激な運動家、つまり黒人への差別を撤廃した後、白人への差別を導入する可能性のある人物として批判されていました。

しかし、実際に彼が目指したものはあらゆる差別の撤廃であり、また彼が最大の敵としたのは迫害する白人社会ではなく、その迫害の中で黒人層の深層心理に植え付けられた抜きがたい劣等感でした。映画の中でビコは次のような趣旨のことを言います。「黒人も白人も同じ人間だ。その当たり前のことを忘れてしまい、白人が白人であるがゆえに上で、黒人が黒人であるがゆえに下と、白人が信じているだけでなく、黒人も信じてしまったことが問題なんだ!自信を取り戻そう。そのために、われわれも努力しよう!」

若きデンゼル・ワシントン(米国の俳優)が演じるビコの演説の底流には常に、この主題が流れています。以前人種差別について勉強していたとき、ある心理学者が「差別が起こる社会というのは、みんなが自信を失ったときに生まれる」という趣旨のことを書いていました。どういうことかというと、差別をされる側(被害者)は、差別される中で劣等感が生まれていくという面があるのですが、実は差別する側(加害者)も、実は(無意識かもしれないが)強い劣等感を持っている、というのです。劣等感を持っていない人=自信を持って生きている人は、他人をことさら差別し、自分を「構造的に」上に置く必要を感じません。このことは、ユダヤ人を迫害した独裁者ヒトラー自身が屈折した劣等感を持っていたことを想起するだけで、よくわかる重要なポイントです。

20代の若きビコは、華々しい学歴など何もない一人の青年でしたが、この差別社会の本質を鋭く見抜いていました。さらに、その視点に立って、正義のために果敢に行動する勇気を持っていました。その思いを果たせず、30歳という若さで拷問の末この世を去ったわけですが、映画に描かれている通り、彼の信念と行動は、人種と時代を超えて人々の心を打ち(特に、映画のもうかたほうの主人公である白人新聞編集長ドナルド・ウッズ氏の貢献があった)、彼は最後は勝ったんだと私は思います。

内村鑑三という戦前のキリスト教指導者は、『後世への最大遺物』という著作の中で、一人の人間が後世に残せる最大の遺物は何かということを考察し、結論として、たしかその人物の「生き様」をあげていたように記憶しています。私達は、ともすると、肥大化した現代社会のなかで、自分ひとりの力のなさを嘆きたい気持ちになるわけですが、一人の人間の生き方が社会変革の大きな源泉になるということは、忘れてはならないと思います。特に、政治家はこのことをよく肝に銘じなければならないと、最近『遠い夜明け』を再び見て、痛感しました。

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