みなさん、こんにちは。風邪が流行っています。私の事務所は、私以外の3名が風邪をひき、それでも無理して出勤してくるのでかえって(私にとっては)大変なことになっています。今のところ、私は風邪をひくひまがない・・・というところで大丈夫ですが。
<高齢化・少子化の背景>
日本は、いま高齢化と少子化が急激に進んでいます。高齢化が進んでいる原因は、日本の人口構造と平均寿命が伸びたことにあります。日本の人口構造を年齢別にみると、2つの大きな「山」があります。最初の山は、今の57歳前後をピークとするもので、いわゆる「団塊の世代」と呼ばれる人たちで、あと10年以内に、いっきに年金生活者の層に流入していきます。そして今平均寿命が女性は85歳を越え、男性でも78歳ですから、継続して働く人を除くと、現役世代に支えられて生活する人が大量に増えます。この山の斜面は左右とも「急」であるため、日本の高齢化は他国と比べると短期間にいっきに進むのです。これが高齢化の問題です。
2つめに人口の多い世代は、だいたい現在の32歳前後をピークとする山を形成しております。これは最初の山を形成していた世代の子どもの世代にあたるので、人数が多くなっています。以前の日本の感覚では32歳であれば、結婚してすでに子どもが2、3人いてもおかしくなかったわけですが、今は未婚・非婚・晩婚化が進み、本来あるはずの3つめの「山」がありません。生まれてくる子どもの数はどんどん減っている、これが少子化の問題です。
日本の社会制度は、基本的に人口減少を前提に設計されてきませんでした。そこで、昔まだ若い人が多く年老いた人が少ない時代、平均寿命も70歳前後だった時代につくった色々な社会保険の制度が財源不足の危機に直面しだしています。そこで昨年の年金改革に象徴されるように、給付を抑制し、負担を増加しなければならなくなってきているのです。この改革の傾向は、国民の誰にとっても好ましいものではありません。若い現役世代の負担は増え、老いた世代の給付は減ってしまうからです。日本の人口減少が今後さらに進むと、しかし、このような痛みの伴う改革をしなければ、社会保障制度そのものが維持できなくなるという難しい時代に入っています。
しかし、まだ希望はあります。もし、今からでも生まれる子ども数が増え出して第3の山が登場してくれば、いくらかその痛みは緩和されることが予想されます。しかし、第2の山のピークが現在32歳に達していることを考えれば、私たちに残された時間は3?5年でしょうか。どこかの大新聞が書いていたように、これから5年間の日本社会の最大のテーマが少子化対策だというのは、そういう意味で極めて正しいのです。
<データに見る厳しい現実>
ただ、今私の手元にある結婚・出産等に関する統計データをみると現実は極めて厳しい状況にあります。平成15年の平均初婚年齢は、男女とも過去最高であり、男性は、29.4歳、女性は27.6歳です。未婚率(平成12年)は、男性25?29歳で、69.3%、女性25?29歳で54.0%、30?34歳でも、男性42.9%、女性26.6%となっており、「結婚しない・できない・したくない」傾向が男女とも非常に強くなっています。
未婚・晩婚・非婚の理由については、個人で様々でしょうし、その詳しい分析はここではしません。しかし、データを見ると、このことが社会の若年層のトレンドになっていることは否定のしようがなくなっています。また、専門家は結婚した夫婦でも子どもがいない世帯が増えており、また子どもがいても1?2人以内が圧倒的に多くなっていると指摘しています。経済的な理由もあるでしょうし、女性を中心に家庭と仕事の両立がしずらい社会状況も背景にあるでしょう。雇用形態も、坂口前大臣などは、2極化している問題を指摘しておりました。すなわち、「働きすぎている人」と「仕事がなくて収入がない人」が増えており、前者は忙しくて結婚しないか、していても子どもができない、後者は結婚できないか、していても子どもを養う余裕がない、結局全体として少子社会になってしまう、と。
<生まれてくる子どもの数と中絶件数の意味>
いずれにしても、現代日本が「子どもを育てづらい」「子どもを産みづらい」社会になっていることは間違いないようです。
平成15年の1年間に日本で生まれた子どもの数は、約112万人。全体として少なくなっているわけですが、他の先進国と比較した場合顕著なのは、この子どもの中に占める非嫡出子(婚外子)の数が少ないことです。具体的には、2万1634人であり、割合は全体の1.93%です。それに対して人口妊娠中絶件数は多く、平成15年度で、約32万件です。実に生まれてくる子どもの4分の1以上に匹敵する数の中絶が日本で起きています。私は、中絶の権利を否定する立場ではありません。が、この数字の大きさには、驚きを禁じえませんでした。
海外の先進国の全体の出生に対する婚外子の割合は、例えば以下のようになっています。アイスランド63.6%、スウェーデン56.0%、フランス44.3%、英国43.1%、米国34.0%(データは、平成15年か14年)。日本の1.93%と比べると文字通り桁違いであることがわかります。素朴に、なぜ日本では婚外子があまり生まれてこないのでしょうか?
これはあくまでも私の現段階での個人的な感想ですが、日本では政治的にも文化的にも社会的にも非嫡出子として生まれた子どもに対して冷酷なのかもしれません。それは言い換えればその子どもの親に対する非難や偏見が、同様に子どもにも向けられてしまうからではないでしょうか。「婚外子として生まれてきたら不幸になってしまう」??そういう子どもを身ごもった親や周囲の人間がそう思うから、場合によっては産みたくでも断念してしまうのではないでしょうか。確かに無責任な親の行動は、非難されてしかるべき場合もあるでしょうし、やむをえない状況での中絶ということを私は否定するつもりは毛頭ありません。しかし、それでも32万件という数字を前に、私はこの問題を深刻に受け止めざるをえないのです。
<子どもと女性の視座で党内議論を>
私は何も婚外子を奨励しているわけではありません。ただ、親がどういう状態であれ、生まれてくる子どもに罪はなく、またその子どもが宝であることは変わらないという前提にたって、社会制度のあり方を考える時期に日本もそろそろ入っているのではないか、という思いを禁じえないのです。婚外子の割合の高い海外の国も、つい最近までは日本と同じ社会規範とか世間体といった問題はあったのだと思います。しかし、大人の社会論理だけで子どもを扱う段階から脱却してきたのではないか、と思うのです。
また、今の日本の少子化をめぐる議論は、その行間に女性を人口増加の手段としてしか見ていないようなニュアンスを感じさせるものがあり、それに対しては女性でなくとも大きな違和感を感じざるをえません。産む自由と産まない自由というものを大前提にしつつ、問題は、子どもを産みたい・育てたい人が社会的制約によってそれができないという点であるという認識を忘れてはならないと思います。
私はこのような問題について門外漢ですから、素人じみた議論かもしれません。しかし、これから公明党内で始まる少子社会対策の議論に臨み、自らの素朴な疑問と考え方をしっかり堅持していきたいと思っています。
明日の朝10時、少子社会総合対策本部の初会合が開かれます。坂口本部長を中心に、日本の未来の力である子どもたちのための真剣な議論を展開してまいりたいと思います。