遠山清彦です。解散をにらみ政局が緊迫してきました。私の活動も一層激しさを増しています。『毎日新聞』九州版6/29に、私の離島での活動を密着取材したルポが掲載され、週刊誌『アエラ』7/6号の「変革の政治家」でも私の活動が取り上げられました。皆様お一人お一人の、生活の奥深くに入っていくと、永田町や霞が関に漂う何ともいえない冷たさ、虚無感とのズレを覚えることがあります。未来を切り開くため、これからも徹底して現場を歩み、地道な政治活動を継続していきます。
2009年6月アーカイブ
遠山清彦です。昨日は64年前に沖縄戦が終結した「慰霊の日」。糸満市の慰霊式典に参加し、全戦没者の名前が刻銘された「平和の礎」に献花しました。慰霊の日を前に渡名喜島・阿嘉島・座間味島などの離島を訪問しました。この美しい海をおびただしい数の軍艦が取り囲んで攻撃し、集団自決という悲劇が生まれたことを脳裏に刻みながら、島々を巡りました。犠牲者のご冥福を心から祈念するとともに、政治家は命がけで平和を守り、平和の礎となる覚悟を持たねばならないと誓いました。
遠山清彦です。波照間島に続いて、ドラマ『瑠璃の島』の舞台となった鳩間島を初訪問しました。700人近くいた人口は10分の1に、小中学生は1家族4人。島民の方々から伺った島の生活は、非常に厳しいものでした。こうした国境の島々に人々が住んでいるおかげで、日本は広大な領海と資源を有しています。その恩恵を全ての国民が享受していることを考えれば、離島の皆さんが安心して生活できるように、さらなる支援の強化は当然です。国政に復帰し、「国境離島振興法」の制定をめざします。
遠山清彦です。誕生日のメルマガに対し、当日だけで300通を超える返信をいただきました。本当にありがとうございます。その日私は、日本最南端の波照間島を初訪問し、翌日は鳩間島(西表島のすぐ北)へ向かいました。九州・沖縄でこの9ヶ月間に訪れた離島はちょうど30になります。私は、現代の40歳は「幕末の20歳」だと思っています。日本の維新に命をかけた幕末の若き志士たちに想いを馳せながら、「いよいよ、これから」の思いで、精力的に仕事をこなしていきたいと決意しています。
遠山清彦です。九州・沖縄を回らせていただいている実感として、改めて地域主権型の道州制の実現が大切だと考えています。子育て支援拡充の要望が強い地域、介護施設の増設の要望が強い地域など、それぞれの実態とニーズがあるはずです。たとえば、沖縄では暑いので小学校の窓は北側に、北海道では逆に南側が良いでしょう。しかし、こんな側面にまで中央政府の画一的な規制があり、優先されてしまう場合があるのです。地域のための、地域による行政。今後も党内議論を重ねていきます。
遠山清彦です。本日40歳を迎えました。参議院議員を辞職してちょうど9カ月。昨日までに九州・沖縄で106市69町17村、28島を回らせていただきました。これは九州7県の6割、沖縄県の9割の自治体にあたります。どの地域でも多くの皆様から真心をもって迎えていただきました。本当に感謝しかありません。「四十にして惑わず」の言葉通り、人間主義を貫く政治家として、揺るがぬ信念に一直線。九州・沖縄の全自治体、全島の訪問完遂をめざして、今日よりは、さらに力強く前進していきます。
遠山清彦です。31日付公明新聞に公明党都議会議員の推進による「東京都盲ろう者支援センター」の開設が報じらました。同様の施設を地方にも広げていきたいと思います。かつてラジオ番組のゲストに日本点字図書館の田中徹二理事長をお招きした際「視覚障がい者と話をする時も目を見て話してほしいのです」と言われ、衝撃を受けました。以来、視覚障がい者の方のお顔をしっかり見て話をするようになりました。誠実に頑張る人が活躍できる社会に向けて、さらに勉強して取り組んで参ります。
