遠山清彦です。公選法により、これが選挙前最後の配信となります。いよいよ明日、衆院選が公示となります。乾坤一擲(けんこんいってき)の勝負をするのみです!この11ヶ月半、皆様からの応援を力に、広大な九州・沖縄を徹底的に走り、語り抜き、満を持して選挙に備えてきました。「国民を欺いても、政権を取れればいい」という不誠実・無慈悲な民主党に「政権交代」させるわけには絶対にいきません。どんな逆風であろうとも、最後は「正義が勝つ」ことを証明しようではありませんか!
2009年8月アーカイブ
遠山清彦です。新聞に「高速道路を国有化、債務は国が継承」と。やはり民主党の政策は「天下の愚策」でした。31兆もの巨額な債務を国民に押し付け、民営化の流れに逆行の国有化。高速を全く使わない人までも負担では、国民の理解を得られません。さらに無料化の結果、料金所職員や鉄道・フェリー会社から何万人もの失業者を生む可能性があるのです。バラ色の政策にどれだけの痛みや苦しみが隠されているのでしょうか。もう一度、声を大に叫びます。「気をつけよう、甘い言葉と民主党!」
遠山清彦です。全部で300首以上集まりました。本当にありがとうございます。「うまい、その通り!」とツッコミを入れながら選ばせていただきました。
【一席】墓掃除 終えたら今度は 鳩掃除(大分・hopstepさん)
【二席】民主党 ほとんど公明 真似フェスト(福岡・ちくヤン妻さん)
【三席】あの世にも 支持者がいるよ 民主党(東京・まる美さん)
【特選】100均で 売ってる民主の マニフェスト(山梨・メープルパンさん)
この他の川柳もウェブサイトに掲載していく予定です。
遠山清彦です。あまり上手くない川柳を詠んでみましたが、皆様からも政治をネタにした川柳を大募集いたします。民主党をズバッと斬り捨てるもの、公明党や私への叱咤激励、政治への思い等々、自由に詠んでください。応募はこのメルマガへの返信spirit@toyamakiyohiko.comで受け付けます。僭越ですが、私が選者となって優秀作品はメルマガ、公式サイトで紹介します。応募には、在住県とペンネームを必ず付けてください。大変な時代だからこそ、ともに笑って前進しましょう。
遠山清彦です。公明党のマニフェストが評価されています。宮崎の東国原知事が、マニフェストで「1番は公明党、2番は自民党、3番は民主党」と発言。全国知事会は、公明党マニフェストを66点、自民党60点、民主党58点と採点しました。埼玉県上田知事は、民主党出身にもかかわらず、公明党を1位、自民党2位、民主党を最低評価としました。もし民主党が勝つようなことになれば、結局こんな川柳が詠まれるでしょう。「やらせたら やっぱりダメか 民主党」。この戦い絶対に負けられません!
遠山清彦です。民主党政策の最大の弱点は「景気回復・成長戦略の欠如」。経団連との会合で岡田幹事長は2%のGDP成長率をめざすが、「具体策はない」と自ら認めました。民主党政策は恒久的な制度が多く、財源も恒久的に必要です。「埋蔵金」は一度使ってしまえば、それで終わり。恒久的な制度を支える財源にはなりません。だからこそ、税収の増加を確実にしていく成長戦略が大切になるのですが、民主党の政策は景気回復へのビジョンを欠いています。「幻想政治」とはこのことです。
遠山清彦です。民主党がさらに「ブレ続けて」います。小沢代表代行が橋下府知事と会談。急きょマニフェストに「国と地方の協議機関設置の法制化」を追加することを指示。菅代表代行は、国内農家の反発に配慮し、マニフェストに明記されていた「日米自由貿易協定(FTA)」締結の方針を「修正する」と。ルール無用の「後だしジャンケン」。党内で責任ある議論を経ているのでしょうか。「橋下人気」にあやかり、「貿易自由化」の本音を慌ててごまかす。まったく国民を馬鹿にした話です。


携帯電話メール専用の1通250文字のメールマガジン。遠山清彦からのメッセージと最新情報をギュッと凝縮してお届けします。
登録方法
<メール送信で登録>
1.p-tooyama@s.blayn.jpあてに受信したい携帯電話からメールを送信します。(件名、本文は空欄でOK)
2.「遠山スピリット登録完了」の返信があります。
※ご注意 ドメイン指定受信の設定をしている場合は、toyamakiyohiko.comを設定してください。
*****@yahoo.comのフリーアドレスはyahoo側で迷惑メールと判断され、配信できませんので、登録しないようにお願いいたします。
解除はhttps://s.blayn.jp/bm/p/f/tf.php?id=tooyama からお願いいたします。
世界の現場を駆ける
2001年12月 公明党パキスタン・難民調査団として、浜四津敏子団長(党代表代行)、山本香苗参院議員等とパキスタンの北西辺境州ペシャワル郊外にあるカチャガリー難民キャンプを訪問しました。
公明党青年局長に就任
2002年11月 党青年局長に就任。2007年9月までの約5年間、全国の青年議員・党員とともに数々の青年政策を実現しました。
番号ポータビリティー制度の実現に向けて
2003年9月 党青年局を中心に携帯電話の「番号ポータビリティー制度の導入」の署名運動を展開。全国で1000万人を超える署名を集め、総理官邸に提出しました。
国会議員で最初にイラク・サマーワへ
2003年12月 日本の国会議員として一番最初に、イラク・サマーワを訪問。クウェートにて陸上自衛隊派遣予定地の治安状況、支援ニーズを調査しました。
信頼される日本に
2004年2月 消滅の危機に瀕しているメソポタミア湿原の復元事業を日本政府のイラク復興支援として推進するため、イラン・イラク国境地帯にまたがるメソポタミア湿原を公明党メソポタミア湿原視察団として訪問・調査しました。
誰よりも早く現場へ
2005年5月 スマトラ沖地震の津波による大被害を受けたインドネシア・アチェ地域を現地視察しました。
外務大臣政務官に就任
2005年11月 第3次小泉内閣の外務大臣政務官に就任。2006年9月まで日本国政府の代表として、各国への訪問、要人との会見に臨みました。
全国の青年局員と共に汗を流す
2006年11月 公明党青年局で地上デジタルテレビ導入における視聴者の負担軽減、IP携帯電話の普及促進・利便性向上への署名活動を全国で展開しました。
さらなる飛翔を誓って
2007年7月 第21回参議院選挙で2期目の当選をさせていただきました。
法務委員長に就任
2007年9月 参議院法務委員長に就任しました。
参議員議員を辞職、あたらな挑戦を開始
2008年9月 次期衆院選に九州・沖縄ブロック比例候補として挑戦するため、参議院議員を辞職。人生の新たなステップに向けてチャレンジを開始しました。
誕生
1969年(昭和44年)6月5日 千葉県千葉市に長男として生まれる。その後、次男、三男、四男が遠山家に加わり、4兄弟の頼れる兄貴として育ちました。
小中学校時代
1976年4月 青森県青森市立三内小学校に入学したものの、翌年、宮城県仙台市立小松島小学校へ転校。そして、2年後、新潟県新潟市立東中野山小学校へ再び転校。父親の転勤にともない、小学校時代は転校の連続でした。
1982年4月 宮城県仙台市立台の原中学校入学。翌年、青森県青森市立筒井中学校に転校。小中学校時代は、青森県・宮城県・新潟県を行き来する連続でしたが、この頃に「どこへ行っても物怖じしない」態度を養いました。
上京、そして、創価学園に入学
1985年4月 私立創価高等学校に入学。青森の地から、向学心を燃やし東京の創価学園に入学しました。高校時代は寮生活をし、仲間たちと沢山の思い出を作りました。
創価大学入学、平和学者を志す
1988年4月 創価大学法学部に入学。在学中の3年次に英国グラスゴー大学へ交換留学生として渡英しました。帰国後の大学4年次に「平和学の父」として知られるヨハン・ガルトゥング博士の講演を聞き、卒業後は学者の道を目指す決意をしました。
英国ブラッドフォード大学院で平和学博士号を取得
1993年9月 英国ブラッドフォード大学院平和学部修士課程に入学。翌年、平和学修士号を取得し、博士課程へ進学。4年に渡る猛勉強の末、平成10年に同学部から日本人取得者としては最年少の20代の若さで、平和学博士号(Ph.D)を取得しました。
宮崎国際大学の講師として
1999年2月から2001年3月 日本に帰国してから、宮崎県にある宮崎国際大学の専任講師として教鞭に立ち、国際関係論・政治学・紛争解決学を担当。全授業が英語で行われるユニークな大学で、学者としての本格的なスタートをきりました。
参院選に初出馬
2001年7月 遠山清彦32才。参議院議員選挙比例区候補として初出馬し、党員、支持者からの絶大なる支援を受け、79万4445票を獲得し初当選させていただきました。
遠山清彦です。公式サイトで講演の音声配信を開始しました。マシンガントークをお聞きください。http://www.toyamakiyohiko.com/movie/
動画サイトYouTubeにも「遠山清彦公式チャンネル」を開設いたしました。http://www.youtube.com/user/tooyamakiyohiko
いずれもインターネットに接続したパソコン、一部の携帯電話から利用できます。ただし、パケット定額プランを利用していない携帯電話からのアクセスは、相当なパケット料金が請求されることになりますので、ご注意ください。
パソコンをお持ちの方は、ぜひアクセスしてみてください。
遠山清彦です。鳩山民主党代表の発言があやしくなってきました。27日に発表した民主党マニフェストについて、2日後には「あれは政権政策集で、正式なマニフェストではない」と述べ、周囲をあきると、翌日には一転「マニフェストというものを、私たちは3日前に国民にお知らせをした」と再び訂正。発言をコロコロと変え、政治家としての不安定さを露呈しました。政権交代が仮に実現した場合に、鳩山代表が日本を背負って、ブレない責任ある発言をできるのか、大いに疑問に思います。
遠山清彦です。「農林水産業の自立・再生支援」は、2015年までに食料自給率50%(カロリーベース)を目標に、水田フル活用と自給飼料の利用拡大政策を充実させます。農業所得の向上と安定、農地の有効利用、若者の就農支援も図ります。マニフェストでは漁業や林業の支援策や中山間地域や都市農業への支援策にも言及しました。農村地域を回って「政府は農林水産業を生かさず殺さずだった」言われました。日本の農林水産業は、大いに生かすべき大切な産業であると私は強く感じています
