遠山清彦の素顔の最近のブログ記事

プロフィール(新たな挑戦を開始)

世界の現場を駆ける
2001年12月 公明党パキスタン・難民調査団として、浜四津敏子団長(党代表代行)、山本香苗参院議員等とパキスタンの北西辺境州ペシャワル郊外にあるカチャガリー難民キャンプを訪問しました。

公明党青年局長に就任
2002年11月 党青年局長に就任。2007年9月までの約5年間、全国の青年議員・党員とともに数々の青年政策を実現しました。

番号ポータビリティー制度の実現に向けて
2003年9月 党青年局を中心に携帯電話の「番号ポータビリティー制度の導入」の署名運動を展開。全国で1000万人を超える署名を集め、総理官邸に提出しました。

国会議員で最初にイラク・サマーワへ
2003年12月 日本の国会議員として一番最初に、イラク・サマーワを訪問。クウェートにて陸上自衛隊派遣予定地の治安状況、支援ニーズを調査しました。

信頼される日本に
2004年2月 消滅の危機に瀕しているメソポタミア湿原の復元事業を日本政府のイラク復興支援として推進するため、イラン・イラク国境地帯にまたがるメソポタミア湿原を公明党メソポタミア湿原視察団として訪問・調査しました。

誰よりも早く現場へ
2005年5月 スマトラ沖地震の津波による大被害を受けたインドネシア・アチェ地域を現地視察しました。

外務大臣政務官に就任
2005年11月 第3次小泉内閣の外務大臣政務官に就任。2006年9月まで日本国政府の代表として、各国への訪問、要人との会見に臨みました。

全国の青年局員と共に汗を流す
2006年11月 公明党青年局で地上デジタルテレビ導入における視聴者の負担軽減、IP携帯電話の普及促進・利便性向上への署名活動を全国で展開しました。

さらなる飛翔を誓って
2007年7月 第21回参議院選挙で2期目の当選をさせていただきました。

法務委員長に就任
2007年9月 参議院法務委員長に就任しました。

参議員議員を辞職、あたらな挑戦を開始
2008年9月 次期衆院選に九州・沖縄ブロック比例候補として挑戦するため、参議院議員を辞職。人生の新たなステップに向けてチャレンジを開始しました。

プロフィール(初当選まで)

誕生
1969年(昭和44年)6月5日 千葉県千葉市に長男として生まれる。その後、次男、三男、四男が遠山家に加わり、4兄弟の頼れる兄貴として育ちました。

小中学校時代
1976年4月 青森県青森市立三内小学校に入学したものの、翌年、宮城県仙台市立小松島小学校へ転校。そして、2年後、新潟県新潟市立東中野山小学校へ再び転校。父親の転勤にともない、小学校時代は転校の連続でした。

1982年4月 宮城県仙台市立台の原中学校入学。翌年、青森県青森市立筒井中学校に転校。小中学校時代は、青森県・宮城県・新潟県を行き来する連続でしたが、この頃に「どこへ行っても物怖じしない」態度を養いました。

上京、そして、創価学園に入学
1985年4月 私立創価高等学校に入学。青森の地から、向学心を燃やし東京の創価学園に入学しました。高校時代は寮生活をし、仲間たちと沢山の思い出を作りました。

創価大学入学、平和学者を志す
1988年4月 創価大学法学部に入学。在学中の3年次に英国グラスゴー大学へ交換留学生として渡英しました。帰国後の大学4年次に「平和学の父」として知られるヨハン・ガルトゥング博士の講演を聞き、卒業後は学者の道を目指す決意をしました。

英国ブラッドフォード大学院で平和学博士号を取得
1993年9月 英国ブラッドフォード大学院平和学部修士課程に入学。翌年、平和学修士号を取得し、博士課程へ進学。4年に渡る猛勉強の末、平成10年に同学部から日本人取得者としては最年少の20代の若さで、平和学博士号(Ph.D)を取得しました。

宮崎国際大学の講師として
1999年2月から2001年3月 日本に帰国してから、宮崎県にある宮崎国際大学の専任講師として教鞭に立ち、国際関係論・政治学・紛争解決学を担当。全授業が英語で行われるユニークな大学で、学者としての本格的なスタートをきりました。

参院選に初出馬
2001年7月 遠山清彦32才。参議院議員選挙比例区候補として初出馬し、党員、支持者からの絶大なる支援を受け、79万4445票を獲得し初当選させていただきました。

友として

遠山清彦です。9年前、立ち寄ったブリーダーで乱暴に扱われ、獰猛な成犬たちの中で震えていた「ラブラドールの雑種で失敗作」という子犬を連れ帰りました。放っておけませんでした。妻が「ミル」と名付け、厳しい訓練にも耐えて「コンパニオン・ドッグ」の資格も取得。今年亡くなったミルは、私たちの友として、幸せな生涯を全うできたと確信しています。かけがえのない生命。動物を大切にできない者が、どうして人間の生命と心を大切にする政治ができるだろうかと、私は思うのです。

生命の軽視

遠山清彦です。福岡市内でHugMe(ハグミー)という動物保護団体の展示会へ。スタッフの方々と懇談しました。日本では、虐待され、捨てられた犬や猫が、年間42万頭も保健所等で殺処分されています。ブリーダーに虐待されていた犬を引き取り育てた愛犬家として、大変に共鳴しました。動物愛護については、公明党でも色々な政策提言を行っていますが、まだまだ改善の余地があります。動物の生命軽視は、人間生命の軽視、慈悲なき政治につながります。この問題にも全力を尽くしていきます。

幕末の20歳

遠山清彦です。誕生日のメルマガに対し、当日だけで300通を超える返信をいただきました。本当にありがとうございます。その日私は、日本最南端の波照間島を初訪問し、翌日は鳩間島(西表島のすぐ北)へ向かいました。九州・沖縄でこの9ヶ月間に訪れた離島はちょうど30になります。私は、現代の40歳は「幕末の20歳」だと思っています。日本の維新に命をかけた幕末の若き志士たちに想いを馳せながら、「いよいよ、これから」の思いで、精力的に仕事をこなしていきたいと決意しています。

疾風怒濤

遠山清彦です。10代より「世界平和に貢献」との志をずっと貫いてきました。来月、不惑の40歳を迎えるにあたり、座右の銘を「初志貫徹」から「疾風怒濤(しっぷうどとう)」に改めます。直面する数々の難題に対し、政治家には今まで以上に迅速かつ大胆な行動が求められています。離島航路で実際に体験した「荒れ狂う風と大波」は、まさに「疾風怒濤」。私もまた、常に民衆の中でさらに激しく堂々と行動し、弱き人々のためには生命を賭して防波堤となる強き政治家に成長してまいります。

1万人のメル友

遠山清彦です。遠山スピリットの登録者が1万人を超えました。PC用メルマガと合わせると1万5千人を超える方々に情報を発信し、私の拙い意見を読んでいただいていることになります。光栄の至りです。オバマ米国大統領は、当選前は300万人の国民にメール発信していたと報道されています。今や日米を問わず携帯電話が主要な情報ツールであることは間違いありません。政治の課題は無数であり、時間も限られていますが、今後とも時宜にかなった話題について意見発信を続けていきます。

メールに感謝

遠山清彦です。今日は福岡にいます。メルマガを再開し、毎回大変多くの方から返信を頂いています。反響の大きさと速さに驚くとともに、感謝の念でいっぱいです。本当にありがとうございます。頂いたメールはすべて一つひとつ、私自身が目を通しています。各地を転戦の日々であり、ひとり落ち着くことができるのは、深夜になってしまうのが実情です。お返事できない場合があることをご理解頂きたいと思います。皆様からのメールは、私のパワーの源になっています。真剣な行動と結果で、必ずお応えしてまいります。

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