○遠山清彦君
公明党の遠山清彦でございます。
本日はお忙しい中、六名の公述人の方に来ていただきまして、大変な貴重な御意見をいただきまして大変に参考になりました。心より感謝申し上げたいと思います。
私は、九月十一日に米国で同時多発テロが起きましたときに私自身はミャンマーにおりまして、実はミャンマーのあるホテルで日本のNGOのメンバーと懇談をしておりました。まさにその最中に、世界貿易センタービルに、米国で民間の飛行機が突っ込んだらしいという情報が入りまして、我が耳を疑いながら翌日ミャンマーから日本に帰国したということになるわけですが、しかし私、後ほどいろいろと今回のテロ事件について学ぶ中で、実はこのミャンマーもテロの問題とかかわりが全くないわけではないと。
それはどういうことかというと、御存じのとおり、ミャンマーにはゴールデントライアングルという麻薬の大きな生産地帯があるわけでして、アフガニスタンも実は世界でも有数の麻薬生産地帯と。しかし、昨年、アフガニスタンからの麻薬の流出がとまりまして、そのために、一時的ですけれどもミャンマーが最も麻薬が出るような国になってしまったと。私もミャンマーにいるときに現地の内務大臣と会いまして、この麻薬問題についていろいろと意見交換をした経緯もありまして、後ほど私の質問の中でも触れると思いますけれども、やはり今回のテロ事件でさまざまな意味での衝撃というものを私も他の方々同様受けているわけですが、一つ申し上げれば、やはりこのグローバリゼーションがどんどん進んでいく中で、先進国を中心として私たちは移動にしても通信手段にしてもいろんなグローバリゼーションあるいは情報革命の成果というものを享受している。
しかし、実はそのテロリスト組織もそういったグローバリゼーションから生まれるいろんなメリットを享受していて、例えば麻薬の問題でいいますと、私もUNDCP、国連薬物統制計画の方々とミャンマーでも懇談いたしましたけれども、今、全世界で麻薬のブラックマーケットに入っているお金というのは日本円で、年によって違いはあるようですけれども、多い年だと六十兆円というような規模のお金が麻薬のブラックマーケットに流れていると。そうすると、もし仮に六十分の一があるテロリスト組織に行ったらこれは一兆円になるわけでして、この六十兆円というのが当たっているかどうかということに関して私も確信ございませんけれども、しかし、恐らく数兆円という規模で麻薬がいろいろ動いているということは間違いないという事態で。
ですから、今回のアメリカで起こったテロ事件も、やはり五年ぐらいの時間をかけた緻密な計画に基づいて、テロリストは余り仕事をいたしませんので、このテロリストが訓練受けたり生活したりするお金を全部バックアップをして、そしてそのアメリカで二十人と言われているテロリストを育ててこういう事件を起こしたと。そういう意味で、本当に我々政治家も含めて日本の国民が普通想像し得ないような規模の力をテロリスト組織がこの十年、二十年持ってきたんだなということを強く感じた次第でございます。
では、質問に移らさせていただきますが、まず坂元公述人にお聞きしたいと思います。
私はミャンマーにおりましたけれども、坂元公述人は、まさにその事件があったときにワシントンDCにいらっしゃったと、その後もアメリカにしばらくいらっしゃったようですけれども、その事件が起こってから直後のアメリカの社会の様子を現地でごらんになって、米国政府あるいは国民がどういう反応を、事件にしたのか。
日本の一部には、米国が非常に感情的になっていて、これはもう大統領とか政府の要人も含めて非常に冷静さを欠いた対応をしている、もう行け行けどんどんだと、オサマ・ビンラディンの身柄がアメリカに引き渡されたらもう縛り首にするとかなぶり殺しにするんじゃないか、そんな意見もあるわけですけれども、私は、それはああいう事件が起きましたから、米国の国民の中には感情的になってアラブ系の市民を襲ったりとか、あるいはブッシュ大統領も時には非常に感情的な、エモーショナルなスピーチというのはあったと思うんですが、しかし私は、総じて政府並びに米国市民は冷静に対応しているんじゃないかと思っているわけですけれども、坂元公述人の御意見をお伺いしたいと思います。
○公述人(坂元一哉君)
申し上げるまでもなく、私が見聞きしたものはアメリカのごく一部のことでありますけれども、友人を通してとかあるいはマスメディアを通して感じたもの、それから町の雰囲気とかで感じたものなんですけれども、私の感じるところでは、アメリカ人が頭に血が上って興奮しているというようなことは全然見えなかったわけでありまして、また、そういうふうに評価している外国のメディアもあります。
彼らの反応は、私の感じでは、やっぱり深い悲しみと、巨大だけれども非常に静かな怒りというものがあるというふうに思います。これは恐らく、アメリカ人がこの事件については何か興奮してさっと反応してそれで済むという簡単な事件だというふうには考えていないというところがあるんじゃないかなというふうに思います。一部の見方ですけれども。
○遠山清彦君
次に、西元公述人にお伺いしたいと思いますが、実は私、十月五日から四日間パキスタンの現地に行きまして、イスラマバードに六日、ペシャワールに七日ということで、実は七日の夜に、現地時間では、空爆が始まりまして、私は空爆が始まったときにペシャワールにおりました。
現地で国連関係者、特に難民高等弁務官事務所のスタッフとかあるいは日本のNGO、ジャパン・プラットフォームの関係で現地で準備に当たっているメンバーと私も懇談をいたしまして、また、現地で難民キャンプ、カチャガリ・キャンプというところも訪れることができたわけですけれども、その際、国連難民高等弁務官事務所の、今、イスラマバードにはパキスタン事務所とアフガン事務所がありまして、それからペシャワールにはペシャワールのサブオフィスがある。それぞれで私、懇談を現地のスタッフといたしまして、代表、副代表、そのクラスとしたんですが、私も、自衛隊による支援、特にこの難民人道支援というものについて、今与党・政府が考えていることを御説明申し上げた上で、忌憚のない意見を聞いてまいりました。
先ほど西元公述人は、他の国の軍隊がパキスタンに入って人道支援しないような場合にはこれは自衛隊も難しいだろうというお話があったわけなんですけれども、私が現地で国連関係者から聞いた話の中では、こういうことを言っていたんですね。というのは、彼らも、通常であれば国連機関とNGOだけで難民に対応する、これが通常だと。しかし、特殊な場合は、軍隊組織による協力も歓迎をし、一緒にやることもあると。実際、日本の自衛隊もルワンダの難民支援でザイールでやったことがあるわけですけれども。ただ、彼らは、どんな軍隊でもいいというわけではない。例えば、本当に戦争しかしたことがなくて、難民支援とか災害救援とかしたことない軍隊組織が来てもらっても迷惑だと。
しかし、日本の自衛隊の場合には、災害救援を国内で、台風それから洪水、地震等の際に多くの経験を積まれている。また、カンボジアあるいはルワンダあるいはゴラン高原等でも国際的な活動も今までしているということで、自衛隊が来て、どういう具体的な協力になるかは当然この新法ができて現地調査団を送ってからの話になるんでしょうけれども、原則歓迎をすると、そういうような話を私にしていたんです。
そういうことに対して、西元公述人の立場から、自衛隊のいわゆる難民支援能力というか人道支援に対する能力等、あるいはパキスタンというのはちょっと具体的過ぎてうまくあれかもしれないんですけれども、どう思われているか、ちょっと御意見を伺いたいと思います。
○公述人(西元徹也君)
お答え申し上げます。
私は、今、先生御指摘のルワンダに対する難民救援、このことしか現実には知りませんが、当時の支援のやり方は、難民キャンプから少し離れたゴマ飛行場の近辺に根拠地をつくって、そこで医療支援をするというのが基本的なやり方でありました。ところが、中では、当然のことながら難民同士の争いがあって、けがをしてもう急遽処置をしなければ命を落とすというような状態があって、そこへ警護の者をつけて駆けつけるといったようなこともあったと承知しております。
先生も御指摘のとおり、自衛隊は、これまで国内で、十年前ぐらいまででございますが、さまざまな批判を浴びながら訓練、業務にいそしんでまいりましたので、周りの方々と非常によく調整し、自分たちが行うことだけを表に出していくといったようなやり方はとっておりませんでした。したがって、いろんなところに気を使いながら周りと調整し、業務を進めると。そういう観点では人道援助にはやはり向いている組織であると、このようなこと、そのことが、また逆に言えば、ちょっと私の思い入れもあるかもしれませんが、厳正な規律維持と相まって損害を避けるといったようなことにつながったというのが、カンボジア、モザンビーク、ルワンダ、こういうことだと思います。
したがって、そのような現地のニーズがあるということは、また一方においてよく調査をしてこれから政府として措置されるべき問題だろう、このように思いますが、いずれにしましても、私は、依然として単独での派遣というのはやや心配があります。
○遠山清彦君
次に、田中公述人にお伺いしたいと思います。
先ほどもちょっと議論になりましたけれども、いわゆるアフガン人に対して日本が支援する際に、民意の尊重とシビリアンコントロールをどう説くかというのが大事だと、私もそのとおりだと思います。
ただ、今の新法の議論、特に国会の軽視という言葉も使われておりましたけれども、事後承認というものが民意尊重として不十分であるというお立場だとは思うんですね。さらに、ダブルスタンダードになってしまうと。つまり、この日本の中でちゃんと民意尊重していないのにアフガン人にそれを説けるか、それはダブルスタンダードだという御指摘あったんですが、田中さんも国連のスタッフだったから国連の中はおわかりだと思うんですけれども、私は、国連という組織が、じゃ田中さんのその厳密な基準で何かすべてを事前承認とっているかというと、私、そうじゃないと思いますね。すべての国連のいろんなミッションのオペレーションは、大枠のマンデートをもらった後の個々の具体的なオペレーションに対しては、一々国連総会の承認を事前にとったりとか、そういうことはしていないと思います。
国連事務総長の行政、言い方はちょっと悪いのかもしれない、事務総長ですから。しかし、日本の政治の枠でいえば行政権の裁量というのはやっぱりある程度あると思うんですね。特に、御存じのとおり、難民支援とか人道的被害が急に起こった、突発的に起こった場合というのは、これ機動性、迅速性が非常に重要になってきますから。
ですから、そういう中にあって、要するに最低限の条件を確保を私は事後承認でしているのではないかと。また、時限立法という形をとることで、今回の法律が特別立法であってこのテロ事件だけに対応するということで、そういう担保もつけているという意味で、私は、アフガンの復興に日本が堂々とかかわっていく条件は現在のままでも整っているのではないかと思いますが、その点いかがでしょうか。
○公述人(田中浩一郎君)
確かに、おっしゃるとおり、いろんな矛盾も抱え込んで、国連という組織は矛盾も抱え込んでおりますし、その理想どおりに動いていないことは御指摘のとおりでございます。
ただ、今、先生がおっしゃられましたような現場の裁量というものはやはり最低限のレベルのものでありまして、例えば何か事態が急変して部隊を、PKO部隊などのようなものをどこからか受け入れなければいけない、送り込まなければいけない、このようなものはもはや現場での裁量領域を超えております。
ですから、この点におきまして日本が、我が国が自衛隊を送り込むということをお考えであれば、やはりこれはしっかりした手続を踏んでしかるべき問題ではないかというのが私の立場でございます。
あと、時限立法の性格につきましては、これは、テロと戦うということは、先ほど小林先生もおっしゃっておりましたけれども、今回限りのことではないはずでございますので、この点において、ですからこの法案自体を時限立法とすることでかえって矛盾を抱え込むのではないかというのが私の視点でございます。
○遠山清彦君
最後の点については、私は、これ総理も表明しておりますけれども、テロに対して国内対策あるいは国際社会、国際社会に関しては国連の方で包括テロ防止条約というのを今議論を始めていますので、私は、その枠組みに入るという形で、より恒久的な普遍的なテロに対する対策に日本が参加していくということはできると思いますし、国内のテロ対策についても一般法で新しく立法するとかという形で対応できるんじゃないかなと思っております。
さて、次に阿部公述人に質問させていただきたいと思います。
私も、国際法をちょっと大学院等で勉強していた人間ですので、お話の趣旨はよく理解をしているつもりでございます。しかし、まず国際法の中で、特に武力行使に関して例外として自衛権だけ認めると。それ以外のケースとして実は御指摘にならなかったのは国連憲章の第七章による国連軍というのがあると思うんですが、武力行使を認めるというのですね。この二つだけが基本的に例外として認められているというのが大ざっぱに言えば国際法の中での武力行使に関する議論だと思うんですが、私は、既存の国際法では想定されていない事態が今回のテロ事件だったんではないかというまず認識を大前提に議論しなきゃいけない。つまり既存の法律の中で、私も、例えばまだ発効していないローマ規程とかあるいはテロ関連の条約、十二個ぐらいありますけれども、どれを読んでも、まともに今回のような事件に適用できる国際法上の法規というのはまだないと思います。これからつくるんだと思うんですね。ということは、公述人がおっしゃっている今までの国際法を使ってこれを論じるという姿勢自体が私はちょっと疑問を感じております。
じゃ、今回の事件どういうことかというと、私たちの文明社会の生活の基本にある信頼を裏切るようなテロなわけですね。つまり、民間の飛行機を武器として民間人を無差別に殺傷するということを想定して私たちの社会システムは動いていないわけです。それから、今、炭疽テロがアメリカであるわけですけれども、郵便を使って生物兵器に使われる菌を送りつけるというのも、これも私たちの社会常識というか生活の根本にある人間の信頼を裏切る形のテロなわけですね。
ですから、こういったまさに特殊なケースであるからこそ、例えばマイケル・ウォルツァーというアメリカの有名な国際法の学者がいますけれども、彼は今回の軍事行動を支持しております。読売新聞かなんかのインタビューで、新しい正戦論かと言われたら、そうだということまで言ってしまっていると。
私は、この根本的な問題は、国際法が実は阿部公述人がおっしゃるほど法体系として成熟していないということを認識する必要があると。つまり、法の実効性を確保する裏づけがない。もっと具体的に言えば、オサマ・ビンラディンという主要容疑者を実力で捕まえる世界警察がないわけです。国際司法機能がそこまで強くないわけです。
ですから、私は、そういう実効性の確保の裏づけを欠いた国際法という法体系だけを基準に今回の軍事行動を国際違法行為であると、あるいはそれに協力することを国際違法行為であると言うことはできないと思うわけです。ですから、アナン事務総長も、アメリカとイギリスの今回の軍事行動を国連憲章五十一条の自衛権に基づくものだと報告したときに、それを理解し、容認しているわけですね。
そういうふうに私は思うわけですが、御意見を伺いたいと思います、この点について。
○公述人(阿部浩己君)
御質問どうもありがとうございます。
今御指摘された点に関連して、今回のそのテロ行為に関しては今までに予想されなかった、見られなかったものであるということで、新しいという修飾語を伴って表現されることが多いと思います。新しいということは既存の法制度そのものが古いということになるわけですから、新しいという言葉が使われた時点において既存の法制度を逸脱していくという、そういう流れというのがはっきり出ていると思うわけですね。恐らく何をもって新しいのかと考える、今御指摘された点で既存の国際法が予定していなかった事態ではないかということだと思うんですね。
これは評価は分かれるかもしれませんが、私がきょうのお話の中で申し上げたかったのは、まさに今おっしゃってくださったような議論がどれだけこの国の中でなされてきて、そしてその判断のもとに国内法の制定につながったのかどうかという点において根本的な疑問があったわけですね。
つまり、国際法について議論がほとんどなされないまま法律がつくられていく、しかし、仮に法律がつくられる場合に、その国際法の解釈が私と違っていたとしても、その議論をしてほしかったということなんです。と同時に、そのような議論をされるのであれば、国内にとどめず、国際社会全体に対して、国際法とはどういうものなのかということについての意見を示すべきであり、それは国連総会や安全保障理事会あるいはさまざまなフォーラムの場でそのような意見を示していただきたいと思うわけですね。
私は、一義的に国際法はこう解釈されるべきだと、これしか解釈があり得ないんだとかいうことを申し上げているのではなく、きょうは。国際法そのものが軽視されてきているということについて、今おっしゃってくださったような議論が欠けているということが問題だということを指摘したかったわけです。







