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5月28日予算委員会パネル

国会質疑, 安全保障

昨日の予算委員会で使用したパネルについて、詳しく見たいとの要望を多数頂いておりますので、掲載いたします。

衆議院議員遠山清彦予算委員会パネル1(2014年5月28日)

衆議院議員遠山清彦予算委員会パネル2(2014年5月28日)

衆議院議員遠山清彦予算委員会パネル3(2014年5月28日)

衆議院議員遠山清彦予算委員会パネル4(2014年5月28日)

衆議院議員遠山清彦予算委員会パネル5(2014年5月28日)

<5枚セットのPDFファイル>
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※質疑の議事録
/know/kokkai/2014/05/5896.html

「集団的自衛権」についての集中審議(平成26年5月28日・予算委員会)

国会質疑, 安全保障

○遠山委員 おはようございます。公明党の遠山清彦でございます。
 安倍総理の五月十五日の記者会見の後、安保法制のあり方に関する与党協議が既に開始をされております。私も光栄にも参加をさせていただいておりますが、現在、記録係でございまして、発言ができないという立場で参加をさせていただいております。きょうは、そういう意味で、発言ができますので、総理と、ぜひ基本的な考え方について直接確認をさせていただきたい、このように思っております。
 安全保障に関する国会及び政府の議論は、従来から神学論争とやゆされてまいりました。先日も、私、東京都内で、千五百人余りの集会で聴衆の皆さんに伺いまして、集団的自衛権は自分はわかっているという方、手を挙げてくださいと言ったら、約二名だけ手を挙げられたということでございます。
 その意味で、現在、与党協議、そしてきょうから国会で議論されるこの安保法制の議論につきましては、やはり、国民の理解を得る、深めていただく、こういうことが最重要だと考えております。それがあって初めて幅広い国民的な合意も形成される、このように考えているところでございます。
 本日は、これらのことを念頭に、今日まで数十年間、そのほとんどは自民党政権のもとででございますけれども、国会あるいは政府の中で緻密な議論の積み重ねの結果として確立してきた現在の憲法解釈における戦力と自衛権の問題につきまして、確認をし、総理のお考えを伺いたい。ぜひ、総理におかれましては、テレビをごらんになっている国民の皆様にわかりやすい御説明をお願いしたいと思います。
 きょうは、パネルを五枚用意いたしました。まず、一枚目のパネルでございます。
 総理はこれは言わずもがなの内容でございますけれども、政府解釈の論理というものを、戦力をキーワードに確認したいと思います。
 まず、左側の絵でございますけれども、極めて大ざっぱに、素朴に考えれば、統治機構として国家が持つ実力装置には、大別して、治安維持のための警察力、これは下段に書いてあります、それから、外敵から国土、国民の防衛をする戦力というものがあるわけでございます。
 しかしながら、このパネルの左側に、見方によっては右側でございますけれども、書いてありますとおり、日本国憲法は、憲法九条という、いわば武力行使を原則として禁止する、こういう規範がございます。一方で、前文や憲法の第十三条に、国民の生命、自由及び幸福追求権を守る責務が国にあると読める内容になっております。
 この一見矛盾する二つの規範を整合的に解釈したものがこの右側の絵になっているわけでございますが、要するに、警察力と戦力の間に自衛力という概念をつくり出して、そして、「憲法九条とともに」云々の下に書いてあるとおり、国民の生命、自由及び幸福追求権が根底から覆される事態に対処して、国はこれを守る、それが自衛力である。それで、現行の憲法解釈では、個別的自衛権のみに基づいてこの自衛力を行使する。こうなっているわけでございます。
 次に、パネル二番に参りたいと思います。
 先日発表されました安保法制懇の報告書には、総理も記者会見でおっしゃっていたように、二つの異なる考え方が示されておりまして、そのうちの一つが、いわゆる芦田修正論でございます。
 ただ、総理、芦田修正論と言われてわかる国民は、九九・九%いらっしゃらないと思いますので、きょうは絵にしてまいりました。
 左側は、引き続き素朴な考え方で、戦力と警察力。もちろん、素朴に考えれば、憲法九条のもとで戦力は否定されていますから、これはうっすらとバツと書いてあります。警察力はマルだと。
 それで、芦田修正論というのは、これは下段の方に憲法九条の全文を載せさせていただいておりますが、第一項におきまして、「日本国民は、」途中、割愛しますが、「武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。」これが九条の第一項でございます。第二項の冒頭、「前項の目的を達するため、」そして「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。」交戦権も持たない、こういう内容になっているわけであります。
 芦田修正というのは、これは芦田均衆議院帝国憲法改正小委員長の発案で、この二項の冒頭に赤い下線がついているところがつけ加えられた。この読み方として、この「前項の目的を達するため、」というものが前の一項全体にかかるのではなくて、国際紛争の解決の手段としての戦争だけにかかる、こういう解釈をします。
 そうしますと、上の絵に書いてあるように、自衛力という概念というよりも、警察力と戦力で、戦力の中に、言葉が適切かどうかわかりませんが、よい戦力と悪い戦力があるという考え方になります。悪い戦力というのは、バツになっておりますが、要するに、今私が申し上げましたように、国際紛争を解決する手段としての戦争、すなわち侵略戦争のための戦力を持つことはだめですよと。
 しかしながら、それ以外の戦力はマルになっております。横を見ますと、では、どういう戦力がマルかというと、自衛戦争、個別的、集団的自衛権の行使のための戦力、これはマルですと。それから集団安全保障措置、いわば制裁戦争、これもマルですよ、このための戦力もマルですよという立場でございます。
 これがいわゆる芦田修正論の中身なわけでございますが、総理は十五日の記者会見で、政府の憲法解釈とは論理的に整合しないため、採用できないと御発言をされました。
 まず、この点について総理に伺います。
 総理として、なぜこの考え方が、芦田修正論の考え方が採用できないという判断に至ったのか、改めてわかりやすく御説明をいただきたいと思います。

○安倍内閣総理大臣 ただいま委員におかれましては、芦田修正の論理についてわかりやすく御説明をいただいた、このように思います。
 芦田修正につきましては、確立された定義が実はあるわけではないと承知をしておりますが、一般に、今委員が御説明になられたように、憲法第九条第一項はいわゆる侵略戦争を放棄していると解した上で、いわば侵略戦争はこれは悪い戦力になる、今そういう御解説だったと思いますが、第二項は、前項の目的を達するため、すなわち侵略戦争を放棄するために戦力の不保持を定めているとして、侵略戦争ではない、自衛のための、あるいは集団安全保障のための実力の保持や武力の行使には制限はないとする考え方でございまして、政府としては、この芦田修正論の立場をとったことはないわけでございます。
 安保法制懇の報告書では二つの異なる考え方を示していただいたわけでありまして、一つは、芦田修正の経緯に着目をし、個別的か集団的かを問わず、自衛のための武力の行使は禁じられていない、また、国連の集団安全保障措置への参加ということは、国際法上合法な活動には憲法上の制約はない、集団安全保障においての活動は制約はない、そして個別手段についても制限がないという考え方でございますが、これは今まで政府としては一度もとったことがないわけでございます。
 御承知のように、政府の考え方、昭和四十七年に示された考え方におきましても、憲法の前文と憲法の十三条にのっとって我々には自衛権があるという考え方、これは基本論でございまして、その上において、個別的自衛権に制限されていくわけでございます。
 我々は、この基本的な考え方、つまり憲法の十三条そして前文を根拠とするという基本的な考え方にのっとるということにおいて、芦田修正論はとらないということになるわけでありまして、したがって、自衛隊が武力行使を目的として湾岸戦争やイラク戦争での戦闘に参加することはない、この考え方はとらないということは明確にしておきたいと思いますし、そのことを検討することはないということでございます。

○遠山委員 総理は、芦田修正論の立場はとらないと明言をされました。一方で、総理は、安保法制懇が示した二つの考え方のうち、もう一つ、従来の政府の基本的な立場を踏まえた考え方については、今後さらに研究を進めていきたいということで、今、与党協議も行われているわけでございます。
 そこで、従来の政府の基本的な立場とは何かについて、これから二つのパネルを見ながらやりとりをしたいと思うんです。
 まず、パネルの三つ目。
 これはもう毎日のように今新聞に載っている話でございますので、詳細の説明は避けますけれども、自衛権発動の三要件。
 我が国に対する急迫不正の侵害があること、これを排除するために他の適当な手段がないこと、つまり外交交渉で説得しても武力行使をする構えをやめない、この二つが、まず自衛権発動の前提条件でございます。
 その上で、では、自衛権に基づいて武力行使をするというときには、その行使の限度として、必要最小限度の実力行使にとどまる。それで、今までの政府解釈、今までのというか、現行の、今の政府解釈では、この必要最小限の中に集団的自衛権は含まれないということを繰り返し答弁をされているわけでございます。
 ここで、総理に改めて、これも確認の意味で伺いますが、総理は、今後も、この現行の自衛権発動の三要件を維持されますか。

○安倍内閣総理大臣 先ほどの答弁の中でも、一つの考え方として芦田修正が示され、そしてもう一つの考え方としては、我が国の安全に重大な影響を及ぼす可能性があるとき、限定的に集団的自衛権を行使することは許されるとの考え方でありまして、従来の政府の基本的な立場を踏まえた考え方であり、政府としてはこの考え方について今後さらに検討を進めていくように指示をしたところでございます。
 今委員が御指摘になった三要件に該当する場合、今までは、政府は従来から、このいわゆる自衛権発動の三要件に該当する場合、我が国に対する急迫不正の侵害があること、つまり我が国に対する武力攻撃が発生したこと、そして、これを排除するために他の適当な手段がないこと、必要最小限度の実力行使にとどまるべきことに該当する場合に限られる、こう解しているわけであります。
 私は、我が国の安全に重大な影響を及ぼす可能性があるという限定的な場合に集団的自衛権を行使することは許されるという安保法制懇の考え方について、さらに研究するように指示を出したところでございまして、これを受けて、まさに、遠山先生も含めて、与党でも御協議をいただき、そして、政府内におきましては、法制局を中心に議論をしているところでございます。

○遠山委員 そうしますと、今の総理の御答弁は、これを維持するかどうかという私の質問には直接お答えになっていませんので、これからの与党あるいは政府内の協議の結果に委ねるという解釈でよろしいですか。うなずかれているので、それで結構です。
 それでは、これは今までの政府の考え方なんですが、これをさらに詳しくしたパネルを出します。
 「憲法九条解釈の論理」というタイトルのついたパネルでございますが、これは、けさ以来ずっと出ております昭和四十七年の見解を中心に、今の政府の考え方をより詳しく見ているものでございます。
 まず、左側は、既に説明を申し上げました。日本国憲法の中には九条がございます。戦争の放棄、一切の戦力不保持、交戦権の否認。つまり、一言で言えば、戦力を用いた武力行使の禁止を原則としております。一方で、日本国憲法の中には、前文で日本国民の平和的生存権、十三条で国民の生命、自由及び幸福追求権の保護をうたっているわけでございます。
 この一見矛盾する条文の整合的解釈として、今までの緻密な政府内の議論、国会での議論の積み重ねによって、昭和四十七年見解はこう書いております。要点だけ抜き出しております。
 まず、自国の平和と安全を維持しその存立を全うするために必要な自衛の措置を憲法は禁じていない。だから自衛権はあるんだという結論でございます。
 しかし、その次です、しかし、この措置は、憲法九条の規範性がございますので、この措置は無制限ではない、次の場合に限られる。一つは、外国の武力攻撃によって国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆されるという急迫不正の事態に対処する場合のときのみ。二つ目が、国民のこれらの権利を守るためのやむを得ない措置としてとるとき。三番目に、先ほども出てまいりました、右の事態を排除するためにとられるべき必要最小限度の範囲ということでございます。
 ここで、黄色くマーカーをさせていただいている真ん中のところを、総理、見ていただきたいんですね。これが私、一番大事な概念だと思っておりまして、つまり、憲法九条で武力行使が原則として禁止されているにもかかわらず、それが許される根拠の最大の重要な部分は、国民の、日本国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆されるという事態に対処するというところなんですね。
 ここで法制局長官に簡潔に御答弁をいただきたいと思いますが、この昭和四十七年の見解を読むに当たって、どういう読み方をしても、少なくとも言えるのは、今私が申し上げたこの部分、自衛権の行使が容認されるのは、日本国民の生命、自由、幸福追求権が根底から覆される場合だという解釈になると思いますが、それで間違いないですか。

○横畠政府特別補佐人 昭和四十七年の政府見解の、詳細は既に御指摘がありましたので省略いたしますけれども、その肝のところを申し上げますと、平和主義をその基本原則とする憲法が、自衛のための措置を無制限に認めているとは解されないのであって、それは、あくまで外国の武力攻撃によって国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆されるという急迫不正の事態に対処し、国民のこれらの権利を守るためのやむを得ない措置として初めて許容されるものであるとした上で、我が憲法のもとで武力行使を行うことが許されるのは、そのような事態に対処する場合に限られるという趣旨を述べているものでございます。

○遠山委員 ここで総理に伺います。
 今の昭和四十七年見解を、これは安保法制懇の報告書でも引用されているんですね、重要な資料として。この根幹の考え方を維持した上で、憲法解釈との論理的整合性も重視した上で、芦田修正論の立場をとらず、集団的自衛権のことを考えますと、次のような考え方が出てくるかもしれません。
 すなわち、日本ではなく、日本と密接な関係にある他の国が武力攻撃を受けた場合でも、日本の、日本人の、国民の生命、自由及び幸福追求権が根底から覆される事態が生じ得るから、そこに着目をして、これまで必要最小限度に認めてこなかった集団的自衛権を限定的に容認する。
 こういう考え方を論理的に考えると、総理が記者会見で挙げられた、邦人を輸送する米艦防護の例が想起はされます。ただ、ここで質問じゃありません、しかし、この考え方に立ちますと、そうすると、単に密接な関係にある国が攻撃されただけでは、集団的自衛権の行使はできない。つまり、日本人が乗っていない米艦が攻撃されたときには、この昭和四十七年の見解にあるように、日本の国民の生命、乗っていないわけですから、日本国民の生命、自由、幸福追求権が根底から覆される事態とは言いがたいわけでございます。
 この辺を総理はどのように整理をされているのか、お話をいただきたいと思います。

○安倍内閣総理大臣 論理的な進め方としては、まさに今委員が御指摘になった論理だと私も思います。
 そこで、先ほど例として挙げた、他国で紛争があり、それを逃れてくる邦人を乗せた米国の船を守ることができるかどうかということでありますが、と同時に、では、乗っていなかったらどうかということであります。
 そこで、いわば、根底から覆される事態というのをどう考えるかということにもなるわけでございますが、日本の近隣でそういう紛争が起こったとき、それは日本にも飛び火してくる可能性があるわけでありますし、また、多くの邦人の命を救出する、命が脅かされているという状況と考えてもいいわけでありまして、その邦人を日本に安全に連れ帰ってくることは私たちの責任でもあります。
 そこで、しかし、それを主な任務として米国の船が担うときに、その防衛を依頼されたときに、この船は日本人が乗っているから守るけれども、この船には日本人が乗っていない可能性が、守るということを前提に、そもそも米軍とそういうエバキュエーションの、避難の計画を立てるということ自体が現実的ではないと言わざるを得ないんだろう、このように思うわけでございまして、その中において、事実、そういう意味において、こういう近隣の事態についての作戦等々についての詰めをなかなか行うことができないというのが現実としてあるわけでありますから、そこで、我々は、私たちもある一定の任務を担うことによって、これは邦人の安全も確保することにつながるであろうということであります。
 つまり、あの論理の中におきましては、邦人が乗っている船と同時に、邦人が乗っていない船であったとしても、このエバキュエーションのオペレーション自体、全体を考えることは、今までの、四十七年の考え方の根底を変えるものではない、いわば基本に沿ったものであるという考え方もできるのではないか。
 そういうことにおいて、与党において、また政府においても議論していく。これはまだ、それはまさにこれから議論していくわけでございますから、そういう課題、問題意識のもとに御議論をいただくということでございます。

○遠山委員 総理、今の御答弁は、私もこれからしっかり考えなきゃいけないと思っております。
 私が申し上げたのは、日本人が乗っていない米艦が攻撃されたときは、この四十七年見解のような事態には至っていないわけでございます。にもかかわらず、集団的自衛権ということは自衛権ですから、それは武力行使も含まれるわけでございまして、それをすることが認められるかどうか。
 今の総理の答弁は、避難計画という話が出てまいりましたから、必ずしも、米艦そのものへの攻撃を防御する話は、総理は今されなかったんですね。ですから、そこも含めて、これから少しまた議論したいと思います。
 最後に、もう一枚のパネルを用意しておりますので、御指摘をさせていただきたいと思います。
 これは、総理御本人のお考えではありません、安保法制懇が考える集団的自衛権行使の要件でございます。
 ただし、今パネルで示している、上の枠の中に書いてある、黄色くマーカーしています、「その事態が我が国の安全に重大な影響を及ぼす可能性があるとき」という表現は、総理御自身も御答弁の中で何度か使われているわけでございます。
 私としては、国権の発動で、本来九条で原則として禁止をされている武力を行使する要件として、可能性という、英語で言うとポシビリティーですね、これを基準にして判断するというのはどうなのか、いいのか悪いのか、これはやはりしっかり議論しなければいけないと思っております。
 それから、下を見てください。総理、これは、実は私もじっくり読んで初めて気づいたんですが、この下の枠のところは、上のような場合に該当するかどうかについて、さらなる判断要素を五つ書いております。
 この五つの判断要素を政府が総合的に勘案して最終的に判断をせよとなっているんですが、一番と四番は従来の政府の考え方でも出てくる要素です。しかし、私が黄色いマーカーでつけているところ、例えば二番、日米同盟の信頼が傷つくかどうか、あるいはその抑止力が大きく損なわれ得るか。三番、国際秩序そのものが大きく揺らぎ得るか。それから五番はちょっとあれですね、余りにもよくわからない、その他深刻な影響が及び得るか。こういった、いわば大ざっぱな、解釈の幅が極めて広い判断要素で、まさか武力行使の判断をするのかどうか。
 しかも、これはパネルに書いていませんけれども、地理的限定はしないということまでただし書きがついております。
 総理に、ここで二問、質問をいたします。
 総理の記者会見を読んでこれを見ると、総理は、芦田修正論は否定をしていますけれども、こちらの考え方、今私が示している考え方は今までの政府の解釈に近い考え方のようなニュアンスでお話しになっているんですが、今詳しく拝見しますと、どうもそうでもないなというふうになるんですね。特に、この最後に申し上げたような判断要素は、これを認めてしまうと憲法九条の規範性そのものが失われかねない、こう思いますけれども、総理の御見解をいただきたいと思います。

○安倍内閣総理大臣 これはまさに、今、遠山委員がおっしゃったように、安保法制懇の御指摘であります、考え方であります。
 そこで、いわば、安保法制懇としては、この集団的自衛権の行使についても、これはまさに権利であって、もちろん義務ではないわけであります。つまり、その中において、権利としてあることによって、これはさらに政策的選択肢としてとるかとらないか、これは重大な判断になるわけでありますし、かつ、そのための根拠法も必要であります。そして、この判断をする、これはもう相当、これは日本人の命がかかっておりますから、慎重の上にも慎重に判断をするというのは当然のことだろう、このように思うわけであります。恐らく、安保法制懇としては、さまざまな事態、何が起こり得るかわからないという事態の中において、この選択肢をなるべく、ある程度置いておこうという考えだったのかもしれませんが。
 いずれにせよ、政府としては、まさにこうした安保法制懇の出した報告について、今まさに与党で議論をしていただいております。そうした観点からしっかりと御議論をいただきたい。そうした与党の御議論も踏まえて、政府としても法制局を中心に検討を進めていきたい、このように思っております。

○遠山委員 最後の質問を簡潔に申し上げます。
 安保法制懇の報告書では、今まで政府がとってまいりました、他国の武力行使との一体化論、これはもう採用しない方がいいという結論を出して総理に進言しておりますが、総理の記者会見では、総理御自身はこの点について一切お触れになりませんでした。
 総理として、武力行使との一体化論、これを維持されていくのかどうか、簡潔にお答えをいただきたいと思います。

○安倍内閣総理大臣 これまで、我が国による後方支援に際しては、我が国による後方支援が他国の軍隊の武力の行使と一体化することがないことを制度的に担保するための一つの仕組みとして、個別の法律において、非戦闘地域や後方地域といった仕組みを採用してきました。
 他方、安全保障環境が大きく変化する中において、国際協調主義に基づく積極的平和主義の立場から、例えば、国際の平和及び安全が脅かされ、国際社会が一致団結して対応するときに、自衛隊が幅広い後方支援活動で十分に貢献できるような法整備をすることが必要であると考えています。
 また、後方支援活動等を今まで以上に支障なくできるようにすることは、我が国の安全の確保の観点からも重要である、このように考えているわけでありまして、いわば、地域や世界の平和が維持されて日本の繁栄と平和があるという考え方に基づいて、しっかりと貢献をしていかなければならない。その中で何ができるか、何をすべきかという観点で検討をしていかなければいけないわけであります。
 そこで、御指摘の、武力の行使との一体化の考え方をもはやとらないとする安保法制懇の報告書の提言をそのまま採用することは、従来の政府の立場に照らして難しいと考えておりますが、難しいとしても、従来から政府が示してきた判断基準を、より精緻なものとして、具体的に何が武力の行使と一体化する行為なのかを明確にすることは、今後の検討課題の一つであると思います。
 また、従来から、非戦闘地域、後方地域という概念についてはさまざまな議論もありまして、この点も含めた検討が必要ではないかと考えています。
 いずれにせよ、現在、与党協議が進められている中におきまして、こうした点につきましても御検討いただき、その結果に基づいて、政府として対応を検討していきたいと思います。

○遠山委員 これからしっかり議論をさらに進めてまいりたいと思います。
 以上で終わります。ありがとうございました。

※パネル
/know/kokkai/2014/05/5892.html

3月18日衆議院本会議での代表質問(全文)

デイリーメッセージ, 国会質疑, 外交問題, 安全保障

国家安全保障戦略、防衛計画の大綱、中期防衛力整備計画の総理報告に対する代表質問

平成26年3月18日
公明党 遠山清彦

私は、公明党を代表し、ただいま議題となりました、政府が昨年12月17日に閣議決定した、「国家安全保障戦略」、「防衛計画の大綱」、及び「中期防衛力整備計画」に関連し、安倍総理、外務大臣、防衛大臣に質問いたします。

地方分権が進められている今日においても、外交および安全保障に関する諸政策は、一義的には国の責任の下に決定し、遂行されるべきものであります。その点から、昨年、国家安全保障会議(NSC)が設置され、政府与党内の議論を経て、戦後初となる「国家安全保障戦略」という文書を従来の「国防の基本方針」に代えて策定したことは、大きな歴史的成果だと考えます。

しかし、まず、大切なことは、我が国が掲げる基本理念であります。

「国家安全保障戦略」の中で、それは、「平和国家としての歩みを引き続き堅持し、国際協調主義に基づく積極的平和主義の立場から、我が国の安全及びアジア太平洋地域の平和と安定を実現しつつ、国際社会の平和と安定及び繁栄の確保にこれまで以上に積極的に寄与していく」とされています。ここで最も大切な点は、日本は「平和国家」としての地位を今後も堅持することです。

戦前の一時期、日本が他の国々への侵略と植民地支配によって多大な犠牲と苦痛を他国民に強いたことは事実であり、そのことへの猛省が戦後日本の平和国家の起点になっております。この点で、安倍総理が先般、現政権下で「河野談話を見直さない」、「村山談話を継承すること」を明言されたことは、率直に評価させていただきたいと思います。

その上で、戦後日本が築いてきた平和国家の内実とは何でしょうか。結論を先に申し上げれば、日本は単に「国連憲章を遵守する」だけの平和国家ではない、と考えます。

日本に限らず、国連加盟国が国連憲章を遵守するのは当然です。しかし、日本の場合は、それに加えて、憲法九条の平和主義の下に海外で武力行使をしないという姿勢を一貫してきたこと、唯一の被爆国として非核三原則を堅持し軍縮をリードしてきたこと、武器輸出三原則等で武器貿易を厳格に抑制してきたこと、などが含まれる平和国家としての地位を今日まで築いてきたのではないでしょうか。この点について、安倍総理の認識をうかがいます。

武器輸出三原則等の見直しについては、現在与党PTで防衛装備品の移転の新原則として策定内容が協議されておりますが、一部報道等で誤解を与えるものがあります。すなわち、この見直しで「武器輸出が全面解禁される」というものです。私たちが現在議論している方向性は「全面解禁」ではなく、今後も「禁止される輸出」と、昭和58年以来21回にも渡り例外化されてきた「許可しうる輸出」についての基準を整理・明確化し、適正審査と厳格管理の体制を強化するものです。

ただし、平和国家として、基準に適合したと判断された輸出が恣意的に運用されていないか、国民がチェックできることは極めて重要です。そこで総理に提案いたします。新原則の下での防衛装備品の移転・輸出については、類型ごとに全体の許可件数、輸出額、及び輸出先を記し、かつNSCの個別判断を検証できる情報も記した「年次報告書」を国会に提出し、当初案よりも一層の透明化を図るべきである、と考えます。総理の見解を伺います。

次に、日本の国益上、エネルギー資源等の輸送路である海上交通路の安全確保は重要であります。その観点から協力国への「救難、輸送、警戒監視及び掃海に関する装備品の輸出」も現在検討されているわけですが、この分野はそもそも警察権に基づく海上保安的要素もあり、装備もさることながら人材育成が喫緊の課題と言えます。しかるに、協力国として想定されるアセアン諸国の海保分野の人材育成は遅れており、日本からのさらなる能力向上支援のニーズが高まっております。そこで、この際、政府として、防衛交流に準ずる海保交流支援を実施するために十分な予算を確保すべきと考えますが、総理の方針を伺います。

国家安全保障の車の両輪は防衛力と外交力であることは論を待ちません。安倍総理の総理就任後の精力的外交活動には心から敬意を表します。しかし、我が国が目指すアジア太平洋地域の平和と安定の実現のためには、近隣諸国との関係改善は不可欠であります。単刀直入に申し上げますが、まず日韓首脳会談を今月オランダで開催される核セキュリティサミットの際に是非とも開いていただきたい。そして、日中についても、不測の事態を避ける信頼醸成メカニズム構築のための外交努力を粘り強く展開していただきたい。

同盟国である米国のリバランスポリシーの本質は、中国の急速の台頭という安全保障環境の変化を平和的に管理することであり、そのことを踏まえた戦略的外交を総理のリーダーシップの下に展開されることを切に望むものであります。総理の御決意を伺います。

日朝関係については、横田めぐみさんのご両親が、めぐみさんの娘であるウンギョンさんらとモンゴルで初めて面会したという展開に接し、安倍政権の拉致問題解決への強い決意を感じたところであります。今後、現在の日朝間の課長級非公式協議を局長級の公式協議へ格上げするとの報道がありますが、この協議で政府として何を目指すのか、岸田外務大臣の答弁を求めます。

政府はサイバー攻撃への対応能力の一層の強化も、目標に掲げています。内閣官房情報セキュリティーセンター(NISC)の最新資料によれば、サイバー空間における政府機関への脅威・攻撃件数は、すでに1分間に2回の頻度に達しており、金融、航空、鉄道、電力などの重要インフラへの攻撃も増加の一途をたどっております。

政府においては、これまでもサイバーセキュリティ政策の推進体制を強化してきておりますが、まだ不十分な面があります。特に、内閣に置かれている「情報セキュリティ政策会議」とその事務局であるNISCが法的基盤を欠いていることは致命的と言っても過言ではありません。早急にサイバーセキュリティに関する基本法を整備し、より実効性の高い対応ができる体制を整えるべきだと考えますが、総理の見解を求めます。

今次防衛大綱では、純然たる有事でも平時でもないグレーゾーンの事態が増加・長期化していることを指摘し、そういった事態を深刻化させない方針を示しております。しかし、従来の自衛隊の出動類型で言えば、こういった事態に対しては「海上警備行動」や「治安出動」など、自衛権でなく警察権に基づく出動で対応する整理がなされてきたはずであります。今次防衛大綱であえてグレーゾーンの事態への対応強化を打ち出した背景にはどのような問題意識があるのか、小野寺防衛大臣の答弁を求めます。

最後に、集団的自衛権の問題について、総理に二点うかがいます。総理は、最近の一連の国会答弁において「集団的自衛権を日本は主権国家として国際法上保有するが、憲法上その行使は許されない」という政府の公式見解を変える方針を示しておられます。この立場を支持する根拠の一つとして「権利として保有しているのに、それを行使できなければ権利とは呼べない」という主張がしばしばなされます。しかし、安全保障分野に限らず、国際法上の権利と国内法上の制約が相克・矛盾した場合、政府は国内法上の制約を優先して行政権を執行することが先進諸国の通例であり、現在の政府見解は妥当であると考えますが、総理の率直なご意見を伺いたい。

また、集団的自衛権の行使容認により、日米同盟の片務性を解消すべき、という主張も散見されるところです。すなわち、「日本が攻撃された時、米軍は日本を守るが、逆のケースで日本が何もしないのは同盟国としておかしい」という主張です。しかし、日米同盟は「米国が日本防衛をコミットする代わりに、日本は米軍への施設を提供する」ことで双務性を担保した形になっており、また日本有事の際には自衛隊も個別的自衛権に基づき出動することから、特段の片務性はないというのが従来の政府見解ではなかったでしょうか。この点についての、安倍総理の御見解を伺い、私の代表質問を終わります。

国家安全保障(マイナー自衛権)について(平成26年2月20日・予算委員会)

国会質疑, 安全保障

○遠山委員 おはようございます。公明党の遠山清彦でございます。
 私の持ち時間は二十分でございますので、簡潔に御答弁いただければと思いますが、私は現在、公明党の国際局長という立場で、山口代表の外交活動の補佐をさせていただいております。また、たった今質疑を終えられました自民党の岩屋委員が座長を務める与党安保PTのメンバーとして、昨年末にも、防衛大綱、中期防、あるいは国家安全保障戦略、NSSの策定にかかわらせていただきました。その立場から、きょうは、総理並びに岸田外務大臣、また内閣法制局に何点かお伺いをしたいと思っております。よろしくお願いいたします。
 まず、NSS、国家安全保障戦略の中に、「軍縮・不拡散に係る国際努力の主導」という一項目を入れ、そこで明確に、日本が「「核兵器のない世界」の実現に向けて引き続き積極的に取り組む。」という記述がなされました。
 この内容は、昨年末、与党に内示された当初案にはなかった項目でございまして、私は当時、NSC設置法案の本会議の代表質問で、公明党を代表いたしまして総理と外務大臣に強く求めていたものでありまして、まず率直に評価をさせていただきたいと思っております。
 本年四月には広島で、非核保有国の軍縮・不拡散イニシアチブ、NPDIが開催をされます。さらに、来年は、先ほどもありましたとおり、戦後七十周年、つまり被爆七十周年の節目でございまして、私は、国連軍縮会議などさらに上位の国際会議を日本に誘致するべく、総理を先頭に努力すべきだと考えますが、安倍総理の決意を伺いたいと思います。

○安倍内閣総理大臣 来年、二〇一五年は、終戦から七十年であると同時に、広島と長崎における原爆投下の惨禍から七十年目を迎えるわけであります。核兵器の悲惨さを最もよく知る唯一の戦争被爆国として、核兵器のない世界に向けて国際社会をリードしていくことが我が国の世界における道義的責務である、こう考えております。
 また、岸田大臣は、広島県の出身でもあるわけでありますが、この観点から、本年四月に広島で開催される軍縮・不拡散イニシアチブ外相会合では、二〇一五年のNPT運用検討会議に向けて有益な提案を行う考えであります。
 また、今委員が御指摘のように、もっと積極的に日本は世界に向けてこの考えを発信していくべきだという御指摘もございました。来年の被爆七十周年の節目には、広島において、国連及び広島市の協力のもとに、国連軍縮会議を開催することを現在検討中でございます。
 こうした取り組みを通じて、我が国として引き続き、この分野における国際社会の取り組みを主導していく考えであります。

○遠山委員 総理、ぜひよろしくお願いいたします。
 一点、私、九州比例ブロックの選出の議員として申し上げると、原爆というと長崎も同様に七十周年を迎えるわけでございまして、来年、もしそういう上位の国連軍縮会議等を、今広島とおっしゃいましたけれども、誘致される際には、長崎県、長崎市でも関連の公式行事を組んでいただくなど、配慮していただきたいということを要望申し上げたいと思います。
 続きまして、岸田外務大臣にまずお伺いをしたいと思いますが、総理、最近、あえていわゆるとつけさせていただきます、いわゆるマイナー自衛権という言葉が国会審議やマスコミ報道で使われ出しております。しかし、これは一般国民には、私はほとんど理解をされていないと思います。
 マイナーという言葉を使う以上、それに対してメジャーというのが普通あるんですね。アメリカの大リーグ、これはメジャーリーグがあるからマイナーリーグがあるわけです。そうすると、マイナー自衛権の話をするということは、こういう表現はほとんどないわけですけれども、メジャー自衛権というか、メーンの自衛権の話があって初めて、マイナー自衛権という言葉があるはずでございまして、この辺が国民から見ると非常にわかりにくい。
 ということで、岸田外務大臣、私調べましたら、昨年の国会答弁でマイナー自衛権という言葉をお使いになっています。総理は余り使われていないんですね。
 そこで、あえて、既に国会答弁でマイナー自衛権という言葉を使われている岸田外務大臣に、何がメジャー自衛権で何がマイナー自衛権なのか、国民にわかりやすく簡潔に御説明ください。

○岸田国務大臣 まず、国連憲章第五十一条において、自衛権が認められるのは武力攻撃が発生した場合、このように規定をされています。政府は、従来から、武力攻撃に至らない侵害に対して自衛権の行使として実力を行使することは一般国際法上認められており、このことを国連憲章が排除しているものではない、このように解しております。
 いわゆるマイナー自衛権という言葉ですが、マイナー自衛権とは、このような武力攻撃に至らない侵害に対する自衛権の行使、これを一般的に指すと考えています。
 そして、集団的自衛権等について安保法制懇で議論が行われているわけですが、この点についても議論が行われているという状況にありまして、その議論の中で、例えば、国際法上、外国潜水艦は、他国の領海内では海面に浮上して国旗を掲げて航行しなければならない、このように国際法上定められているわけですが、例えば、我が国の領海内において、外国潜水艦が水中に潜ったまま航行し、退去の要求に応じず、徘回を継続した場合、こういった場合にどのような実力の行使が可能か、こういった検討をする必要がある、こういった問題意識が指摘をされております。
 こういった点を指しましてマイナー自衛権という言葉を使ったわけでありますが、ぜひこの点につきましてもしっかり議論を深めていきたいと考えております。

○遠山委員 そうすると、外務大臣の今の御答弁をわかりやすく言うと、国連憲章は、総理も御存じのとおり、基本的に武力行使を違法化しているわけですね、第二条において。だけれども、もし武力攻撃を国連加盟国が受けた際に自衛権を認めて、それを憲章五十一条で書かれている。
 ですから、先ほど私が言ったメジャー自衛権というのは、国連憲章の第七章で想定されている武力攻撃のことをいうわけです。マイナー自衛権というのは、今の外務大臣の御答弁の中にありましたけれども、武力攻撃に至らない侵害のことをいう、こういう整理になるというふうに思いますが、実は、安倍総理も、ことしの二月四日の安保法制懇の第六回の会合において、総理御自身、御出席をされて、安保法制懇の皆さんに対する諮問事項として、こういうことをおっしゃっているんですね。
 我が国に対する武力攻撃に至らない侵害が発生した場合に、自衛隊が十分な権限でタイムリーに対応できるかどうか、その点で既存の法体系にすき間がないか検討してほしいということを、総理御自身おっしゃっています。ですから、総理御自身はマイナー自衛権という言葉は使っていませんが、事実上そのことを議論するように諮問したというふうになるわけでございます。
 確かに、総理が挙げられた例、あるいは先ほど外務大臣が挙げられた例、総理が挙げられた例というのは、本土から数百キロ離れた離島や海域で、警察や海上保安庁だけでは速やかに対応することが困難な侵害等にどう対処するかということをおっしゃったわけでございます。確かに、これは、今の法体系だと、武力攻撃に至らない侵害の場合は、自衛権の発動に基づく防衛出動というものを発令することはなかなか困難である。しかしながら、現行法上でも、警察権に基づく海上警備行動あるいは治安出動等で自衛隊を動かすことは可能なわけです。
 ただ、恐らく政府内には、この治安出動とか海上警備行動、警察権に基づいて自衛隊が出動した場合には、武器使用について、警察官職務執行法第七条に準拠するわけですから、相手によっては対処できないんじゃないか、こういう懸念があって議論になっているのかと思います。
 ただ、ここで法制局にちょっと伺いたいと思いますけれども、岸田外務大臣が昨年の十月二十九日に、マイナー自衛権についてこういう御答弁をしております。そのまま読みます。政府は、従来から、武力攻撃に至らない侵害に対し自衛権の行使として実力を行使することは一般国際法上認められている、こう明確におっしゃっているわけでございます。
 つまり、武力攻撃に対してだけしか実力をもって反撃してはいけないと国連憲章でなっているはずなのに、外務大臣のこの答弁は、武力攻撃に至らない侵害に対しても自衛権の行使として実力を行使することは一般国際法上認められている、こういう答弁をされております。
 そうしますと、この答弁を読むと、印象としては、別に安保法制懇で議論して新たな出動類型をつくり出さなくても、例えば、治安出動で自衛隊が対処している現場において、相手方の襲撃の武器の強度が非常に想像以上に高い場合に、警職法第七条を超えた武器を現場で自衛隊員が使用してもいいのではないか。つまり、一般国際法上認められていると外務大臣はおっしゃるわけですから、そう解釈もできるのではないかと私は思ったわけですけれども、内閣法制局の見解を聞きたいと思います。
 要するに、警職法第七条を超えて、武力攻撃に至らない侵害の現場において自衛隊員が武器使用することができるかどうか。答えてください。

○横畠政府参考人 国際法上の議論についてはコメントいたしませんが、政府は、従来から、憲法第九条のもとで武力の行使が認められるのはいわゆる自衛権発動の三要件を満たす場合に限られると解してきております。
 お尋ねのような、不正な侵害を受けた現場に限定した防御的、受動的な実力による対応ということでありますれば、御指摘の警察権もございましょうし、現行法のもとにおきましては、自衛隊法第九十五条の武器等防護のための武器使用、さらに、いわゆる自己保存のための武器使用と呼ばれているものがございます。
 このような対応措置につきましては、実力を用いることが含まれておるわけでございますけれども、国内法上の議論としては、これらについて、自衛権あるいは武力の行使という概念では説明してきておりません。
 すなわち……(遠山委員「質問に答えてください、質問に。警職法第七条を超えてどうなのかと聞いているんです」と呼ぶ)そのような防御的、受動的な実力による対応につきましては、当然、警察比例の原則というものが働きますので、その意味で、武力の行使の場合とは異なるということでございます。

○遠山委員 今の答弁は、すごくわかりにくい。
 警職法第七条を超えた武器使用を、警察権に基づいて出動した自衛隊員が現場で使うことはできるんですか、できないんですか、その解釈。(発言する者あり)いやいや、武器使用できるのは、私はそこを問うているんじゃなくて、警職法第七条を超える、強度の高い武器を使うことは、許されるんですか、許されないんですか。どうぞ。

○横畠政府参考人 警職法に定められておりますのは、まさに比例の原則でございまして、そのような対応につきましては、厳密な意味の警察比例の原則を超える武器使用はできません。

○遠山委員 ですから、できないわけですね。武器使用はできますけれども、警職法第七条を超えた範囲の武器使用は、実はできないわけでございます。
 もう一点、この議論の関連で法制局に伺いたいんですが、総理、今の、武力攻撃に至らない侵害への対処の問題においても、あるいは将来我々が議論するであろう集団的自衛権の問題においても、実は共通の概念上の課題があります。それは、国際法上保有している権利と憲法上の制約が相矛盾して相克した場合、行政権を執行する政府としてどちらを優先するか。
 先ほどの外務大臣の答弁は、一般国際法上は、武力攻撃に至らない侵害の場合でも実力行使できると外務大臣が答弁しているわけです。だから、これは、一般国際法の世界で認められている自然権的な自衛権の話をされているんだろうと思いますけれども、一方で、今までの政府の解釈は、憲法上も、第九条の制約によって、自衛権発動以外において武力の行使というのはなかなかできない、こういうふうに言っているわけですね。
 このように、二つの、国際法上保有している権利と憲法上の制約が相克、矛盾した場合は、政府はどちらを優先して行政権の執行をするのか、内閣法制局の見解を伺いたいと思います。

○横畠政府参考人 政府が国際法を遵守しなければならないのは当然であり、また、国の最高法規である憲法を尊重しなければならないこと、これまた当然でございます。
 その上で、国際法上の義務ではなく権利ということでございますれば、これを行使するか否かは各国の判断に委ねられていると考えられるところであり、憲法その他の国内法による制限がある場合にはそれに従うことになると考えております。

○遠山委員 つまり、一言で言うと、憲法上の制約が優先されるという法制局の見解だと思います。
 私は、こういう点を踏まえて、国民の前で、ちょっと、きょうも法制局の次長の答弁が一番国民にとってわかりにくかったと思いますけれども、総理、わかりやすい議論をして、これらの問題に結論を出していかないといけないということだけ申し上げておきたいと思います。
 時間がもう三分ぐらいしか残っていないので、最後になりますが、総理にお伺いをします。(発言する者あり)わかりました、なるべく簡潔にいたします。
 総理、日中の問題につきましては、私自身は八年前に第三次小泉内閣の外務大臣政務官をやっておりまして、当時の外務大臣は麻生現副総理でございますが、鮮烈な思い出がございます。
 小泉内閣の時代に日中関係が大変厳しい局面になりました。それを安倍総理が、総理に就任されて真っ先に中国に訪問されまして、難局を打開された。そして歴史的な戦略的互恵関係の日中共同プレス発表をされたわけでございますけれども、私は、ぜひ総理に、八年前のこの立場に戻っていただいて、日中関係の改善に動いていただきたいと思っております。
 総理、一番大事な点は、同盟国である米国や基本的価値を共有する韓国とともに連携をして、この中国の急速な台頭という新たな東アジアの状況を平和的に管理する体制というものをつくるために日本は積極的に動くべきだと思いますが、総理の御決意を簡潔に聞いて、終えたいと思います。

○安倍内閣総理大臣 まさに遠山委員が言われた問題意識は共有しているところでございまして、最も大切な隣国の一つである韓国との関係を改善していく、そして、委員がおっしゃったように、自由と民主主義、そして基本的人権、価値を共有する国である韓国とともに、アジアの平和と安定に向けて協力をしていくことが重要だろう。日韓そして米国、この三カ国でしっかりとこの地域に対して責任を負っていく、この姿勢のために日韓関係をより改善していきたい、このように考えているところでございます。

○遠山委員 終わります。

日本最東端、南鳥島を視察

安全保障, 活動アルバム, 離島振興

1月21日、衆議院安保委員会で日本最東端の南鳥島を視察しました。自衛隊機C130Hで往復9時間、約4000kmの日帰り視察。この島には、現在自衛隊、気象庁、国交省の職員数十名が滞在し、重要な任務にあたっています。海洋国家日本の広さを実感しました。

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「秩序と正義」のバランス

デイリーメッセージ, 安全保障

私は政治家として、極論は好みません。それは、政治でも、平和学でも同じです。

平和学では、「秩序(法の支配を含む)と正義の矛盾」、という難問が良く議論されます。平和で安定した社会をめざすと、「秩序」が非常に重要であることは論を待ちません。道を歩いていて、突然知らない人に襲われるような国・社会は、平和とは呼べないでしょう。また、犯罪が発生し被害者が出た際に、私的な復讐や仇討ちが横行しないよう、法の支配を確立し、加害者が司法制度の下できちんと裁かれ、罰せられることも重要です。

しかし秩序の維持を重視しすぎると、警察機能を含めた権力の肥大化に繋がり、場合によってはその権力が国民の権利を過度に侵害する事態が生じます。すると、今度は、正義の問題が出てきます。いくら秩序が保たれていても、正義がない国もまた、平和とは呼べません。歴史を紐解けば、「国民の権利を守る」立場から起こされた、正義のための武装蜂起や抵抗運動は数多くあります。反アパルトヘイト運動などは、正義のための闘争として、平和学でも高く評価されています。

日本を含む現代の先進国社会は、この「秩序と正義」のバランスの上に成り立っています。戦前のような秩序維持に偏った強権政治とは、全く時代状況が違います。ですから、今回の特定秘密法の議論で戦前の治安維持法を引き合いに出し、まるで「戦前回帰」するかのような主張は、昨日の読売新聞社説が指摘するように「暴論」であると思います。

今回の法律をめぐる議論には、バランスの取れたアプローチが必要です。国家の機密が漏洩し、悪意のある者や団体あるいは第三国に利用されて、結果として国民生活が破壊され、犠牲者が出てしまえば、「社会秩序を守る」という国家の使命が果たされないことになります。

一方、本来国民が知るべき情報を恣意的に国家機密にして、隠蔽するようなことがあれば、それは、過度の人権侵害であり、正義の問題になってきます。そこで、法律の中に様々なルールを入れ、また運用においても有識者会議など第三者の監視機能を入れていく約束をしました。ここでは、詳細を省きますが、特定秘密制度のスタート時としては、与野党協議なども経て納得の行く仕組み、すなわち、国民の権利を過度に侵害しない条件を整えることができた、と私は判断しています。

政府の取り組みの中身ではなく、「なぜ今なのか?」を繰り返し、批判する人がおります。しかし、問題の本質は、「秩序と正義」という相矛盾しつつ、共に平和にとって大事な価値が、バランスを取れる仕組みになっているかであって、時によって変わるものではありません。「今は不要だ」、「今だから良い」というものではないのです。従って、「なぜ今?」という質問は、本質から外れた問いだ、と言わざるを得ません。

公明党は、臨時国会前にこの法案を慎重に審査し、国民の知る権利等の記述を新たに書き込ませるなど、一定の修正を勝ち取った上で、政府の国会提出を了承しました。与党の一員として、自ら審査し、修正を加えて出したわけですから、国会に賛成の立場で臨むのは、当然であり、そうしなければ政党として無責任極まりないことになります。これは、公明党という政党としての独自判断であり、「自民党の補完」などと言う批判は、政党政治の本質への理解不足から来ているものです。

かつての民主党政権では、政府が提出した法案に与党議員が次々と反旗を翻し、ねじれ国会以上に国政を混乱させ、決められない政治の大きな要因になりました。私もその醜態を三年間つぶさに見て、こんな政治を繰り返せば日本そのものが沈没する、という危機感を持ちました。「決められない政治」からの脱却は、国民の皆様からご支持をいただき、政権復帰した我々の使命であると深く决意しています。

特定秘密法案は成立しましたが、これで全てが終わったわけではありません。政府は今後、この法律に基づいて秘密保護の制度を運用していくことになります。法律の趣旨から逸脱することがないよう、国会がしっかり監視をすることが重要になります。私が理事を務める安保委員会の調査事項には、国家安全保障会議(NSC)も加わりました。委員会の質疑等を通じて、これからも政府の運用を厳しくチェックしていくことに全力を挙げてまいります。

「特定秘密保護法案」。メディアの誤解を解く

デイリーメッセージ, 安全保障

11月26日に衆院を通過した「特定秘密保護法案」について、一部のマスコミ報道には、国民に誤解を与えているものがあります。

この採決は、「強行」ではありません。なぜなら、野党であるみんなの党からも賛成を得ており、日本維新の会も採決を退席したものの、可決された修正案の共同提案者に名を連ねています。与党だけで一方的に可決したわけではないのです。これを「数の横暴」と呼ぶ人がいますが、まったく的外れです。

また、衆議院の委員会での質疑時間も44時間に達しており、慎重審議に値する時間を取ったと言えます。野党やマスコミの一部は、時間不足だとか「なぜ今なのか」と言いますが、議事録を見れば、野党議員が同じ質問を繰り返していることが一目瞭然です。

今回の法案を「現代の治安維持法」などと呼ぶ批判があります。しかし、何の根拠もありません。この法律の目的は、治安維持ではなく、国民の安全や国益を守るための情報が漏えいしないようにすることです。そもそも、守るべき情報が国家にある、という点については、与野党で共通の認識を持っています。

個人でも、クレジットカードの暗証番号は人に教えられない秘密ですし、家庭でも会社でも公開できない秘密は必ず存在します。国家にも当然あります。特定秘密として想定されている数が、42万と報道されていますが、そのうち9割は情報衛星の写真なのです。これは意外と知られていません。

国家の情報は国民のものであり、原則公開されるべきだ、という意見に私は賛成です。憲法で保障された「国民の知る権利」は尊重されるべきです。ただし、公開することで国益が損じられ、結果として国民生活に重大な影響を及ぼす情報については、それを特定し、一定期間秘密にする必要はあります。

秘密に特定する情報は、なるべく限定的にすべきです。今回の法案では大臣や官僚が法律を恣意的に拡大解釈することを明確に禁じています。「法の適用に当たっては、これを拡張して解釈してはならず、国民の基本的人権を不当に侵害するようなことがあってはならない」(第21条)これは、公明党の修正案が反映されたものです。

この条文に対して「法律で拡大解釈が禁じられていても、政府が勝手に秘密を作ることをチェックできない」という反論があります。しかし、政権交代が起こった場合、前政権の大臣が恣意的に特定秘密を作っていたことは、すぐ判明してしまいます。その危険を冒してまで、違法な特定秘密を作ることは、非現実的だと言えます。

公明党の主張により設置が決まった「有識者会議」も重要です。「何を特定秘密にするか」という基準は、政府の外から専門家が入るこの会議で定期的にチェックされます。外部の専門家の関与があるので、政府は自由に特定秘密を作ることはできません。

さらに、与野党修正で、政府は毎年、有識者会議の意見を付して、特定秘密の指定・解除や適正評価の実施状況について国会に報告し、公表することになりました。ということは、毎年、この内容は新聞等に報道される事になります。秘密の具体的中身は出せないが、秘密の数の増減や適正であったかについては、毎年公開されます。

もうひとつの批判論点として、メディアの「国に対する取材が委縮する」というものがあります。国の特定秘密を取材したら懲役刑などの重罰があるので、委縮するという主張です。

しかし、今までの通りの普通の取材活動で特定秘密を仮に入手しても、それを漏えいした公務員は罰せられますが、入手した側は罰せられません。「人を欺き、人に暴行を加え、もしくは人を脅迫する行為により、または財物の窃取もしくは損壊、施設への侵入、有線電気通信の傍受、不正アクセス行為」(第23条)などの違法な方法により特定秘密を入手した場合に、罰せられることになっていますが、それ以外の通常の取材での入手は問題ありません。

国会議員すら特定秘密にアクセスできない、という批判もありましたが、これも与野党修正で改善されています。国会に特定秘密情報に関する委員会や組織を作り、漏えい防止対策をした上で、必要があれば、米国議会のように秘密会形式で国会議員が特定秘密情報の提供を受けることができるような方向になりました。「政府は信用できない。法律の拡大解釈を必ずやり、運用で国民の権利を侵す」という意見を持つのは自由です。しかし、私たちは、そういうことがないように、全力を尽くします。

14年前に国会で大騒ぎになった「通信傍受法」は、当時「盗聴法」と呼ばれ、マスコミの強烈な批判にさらされました。通信傍受法が可決された当時のマスコミ論調には、「これで国が勝手に国民の会話を盗聴できる道を開いた。戦前回帰だ。」というものまでありました。あれから、14年たちました。通信傍受は薬物犯罪組織の幹部などに対し、毎年行われています。今、これを「戦前回帰」と書くマスコミはありません。

通信傍受法に基づく犯罪組織に対する通信傍受は、毎年数十件行われ、その結果逮捕に結びつく成果も挙げています。一般国民の会話を盗聴した例は、私の知る限りありません。いずれにせよ、基本的人権の尊重は日本国憲法の大原則であり、それを侵す法律を作ろうという人は、今の政権与党にはいません。

戦後68年。日本は成熟した民主主義国家になりました。戦前の統制国家の背景には、隣組があり、憲兵がおり、特高警察があり、そのネットワークの中で、国民の相互監視と軍部独裁による人権抑圧システムが形成されました。現代の日本は、その当時とまったく環境が違います。「戦前回帰」や「現代の治安維持法」との批判には、かなりの無理があると言わざるを得ません。

とはいえ、「権力は、必ず腐敗する」という至言があります。国会議員はこの言葉を常に忘れず、肝に銘ずる必要があると思います。常に自戒の念を持ちつつも、国民の生命と財産、自由と人権を守るための政策を考え、実行していく姿勢を堅持していかなければなりません。

特定秘密法案の審議は、その舞台を参議院に移しました。衆議院の審議でも、足らざる論点があるならば、参議院で大いにやってもらいたいと思います。衆議院での審議と重複しない、重厚な質疑を期待しています。批判は大いに結構だと思います。批判や疑問を受けて、政府は真正面から答え、さらに良い法律にしてゆくことが大切です。

私も皆様からの批判や疑問に対して、これからも現場で、丁寧な説明を尽くしていきます。

国連大学でのシンポジウムに参加

安全保障, 活動アルバム

国連大学でのシンポジウム。英語でも、結局マシンガントークしてしまいました。久しぶりに学者時代に戻ったようでした。

衆議院議員遠山清彦 国連大学でのシンポジウムに参加

沖縄の潜在力―米軍基地をめぐる誤解

デイリーメッセージ, 外交問題, 安全保障

遠山清彦です。私が所属する衆院予算委員会では、連日審議が行われ、菅内閣は窮地に追い込まれつつあると思います。私も、北海道での地方公聴会を含め3回ほど質疑に立たせていただきました。

16日に行った質疑では、沖縄の米軍基地の返還前と返還後の経済効果の比較表をパネルで提示しながら、「米軍基地には大きな経済的メリットがある」という誤った考え方がいまだにマスコミの一部にあることや、国会議員の多くもこの事実を認識していないことを指摘させていただきました。

また、同じ質疑の後半では、国際協力銀行(JBIC)の分離独立問題を取り上げ、「大企業のインフラ輸出支援もいいが、もっと中小企業の海外進出を支援してもらいたい」と主張し、提案として「中小企業社員だけを対象に公募し、公的支援で成長著しいアジア諸国(例えば、ベトナム、インドネシア、バングラディッシュ等)に海外研修を受けさせる事業」を提示しました。(質疑の議事録は、後日配信します。)

沖縄基地問題の質疑については、地元の方々から大きな反響をいただきました。とにかく、沖縄本島中部の北谷周辺エリアなどは、米軍基地返還前後の経済効果が生産(誘発額)で200倍を超えているのですから、衝撃的な数字だったと思います。

在日米軍基地の存在は日本の国家安全保障と日米同盟に貢献していることは私も認めます。ただ、その75%を引き受けている沖縄が、騒音や犯罪等の目に見える被害だけでなく、大きな「潜在的経済成長」も犠牲にしている、という事実をもっと多くの方々に知っていただきたいと思います。

衆議院TVに質疑の動画がアップされていますので、ご覧ください。

●遠山清彦予算委員会質疑(2011年2月16日)の動画
WMVブロードバンド(高画質)
WMVナローバンド(低画質)

遠山清彦 衆議院本会議代表質問(平成22年4月22日)

動画ニュース, 国会質疑, 安全保障

公明党の遠山清彦衆議院議員は、核廃絶に向けた日本の取り組みや米軍普天間飛行場の移設問題などについて、政府の見解をただした。

遠山氏は、12、13日に開催された「核安全保障サミット」で、国際テロ組織による核兵器を使用したテロを「重大な脅威」などとする共同声明が採択されたことを評価。「真価が問われるのは、各国の具体的取り組みだ」と強調し、来月開催予定の核不拡散条約(NPT)再検討会議に向け、リーダーシップを発揮するよう求めた。

また原子力エネルギーの平和利用に関して、原発利用国の拡大で安全保障上のリスクやテロリストへの核流出の危険性が増すことに懸念を示し、「日本がアジア地域で鍵を握っていると言っても過言ではない」と述べた。

 さらに遠山氏は、核の安全保障における表裏一体の政策は「核軍縮であり、究極的には核廃絶だ」と主張。核廃絶をテーマに各国首脳を集めたサミットを日本が提唱し、広島と長崎で開催することを提案した。鳩山首相は「傾聴に値する提案だ」と答えた。

一方、迷走を重ねる普天間移設問題について遠山氏は、鳩山首相が3月31日の党首討論で、基地問題に関して「車座の対話集会のようなもの」をやりたいと述べたことを指摘し、25日に開かれる移設に関する県民集会に出席するよう求めた。

鳩山首相は「しかるべきタイミングに訪問したい」と述べるにとどまった。(公明新聞)

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